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ボージュ広場 ボージュヒロバ

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デジタル大辞泉の解説

ボージュ‐ひろば【ボージュ広場】

Place des Vosges》フランス、パリ中心部、セーヌ川右岸のマレー地区にある広場。1605年、アンリ4世により建設が始まり、7年後の1612年、ルイ13世の時代に完成。広場の南北に位置する「王の館」「王妃の館」をはじめ、王侯貴族のための赤れんが造りの建物が残る。完成当初はプラスロワイヤル(王の広場)と称されたが、フランス革命後に現在の名称に改称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボージュ広場
ぼーじゅひろば
Place des Vosges

フランスの首都パリ中心部、セーヌ川右岸マレ地区(第4区)にある広場。1605年アンリ4世によりかつてのトゥールネル宮の跡地に建設され、1612年完成。プラス・ロアイヤル(王の広場)と称されたが、革命政府に最初に納税したボージュ県を記念して1800年改称した。1辺140メートルの方形で、中央にルイ13世の騎馬像がある。南東隅にはビクトル・ユゴーの旧宅があり、ユゴー博物館となっている。[高橋 正]

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世界大百科事典内のボージュ広場の言及

【パリ】より

…こうして,アンリ4世は,宗教戦争で荒廃したパリに王権による支配を確立しようとする強い意志を示したのである。国王は新たな都市建設に努め,シテ島西端にドフィーヌ広場を,サンタントアーヌ街にロアイヤル広場(現,ボージュ広場)を設けた。またシテ島西端にすでに工事中だったポン・ヌフを完成させ,橋上にはこれまでのように家屋を建てさせず,歩道と欄干を備えさせた。…

※「ボージュ広場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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