日本大百科全書(ニッポニカ) 「マンナン・ヤーザウィン」の意味・わかりやすい解説
マンナン・ヤーザウィン
まんなんやーざうぃん
Hmannan Yazawin
ビルマ(現ミャンマー)の欽定(きんてい)年代記。正式な名は『マンナン・マハー・ヤーザウィン・ドー・ジー』Hmannan Maha Yazawin Daw Gyi(玻璃(はり)宮大御年代記)。コンバウン朝第6代のバジードーBagyidaw王(在位1819~37)の命により、1829年編纂(へんさん)が開始され、32年に完成。首都アバのマンナンで編纂されたのが名称の由来である。宇宙開闢(かいびゃく)、仏教伝説から始まり、釈迦(しゃか)族による上ビルマのタガウン建国や1821年までのビルマ諸王朝に関する記述がある。従来の年代記、地方史(タマイン)などの異同を検討し、標準年代記としての意味をもつ。またこの書では、ビルマ人を神聖化するため、タガウン建国説話が初めて完全な形に構成された。
[伊東利勝]