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ミスカワイフ Miskawayh, Abū `Alī Aḥmad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミスカワイフ
Miskawayh, Abū `Alī Aḥmad

[生]936. レイ
[没]1030
イランの哲学者,歴史家。イブン・ミスカワイフ Ibn Miskawayhとも呼ばれる。最初レイでブワイフ朝の宰相イブヌル・アミードに司書として仕え,976年にはバグダードアズド・ウッダウラの側近となり,司書官をつとめた。のちには医者としてホラズム・シャー朝に仕えている。哲学,神学,歴史に関するアラビア語の著作を残したが,代表的なものに歴史書『諸民族の経験』 Tajārib al-Umam,哲学的倫理書『道徳の書』 Tahdhīb al-Akhlāqがある。後者は,のちのナーシル・ウッディーン・トゥーシーによってペルシア語に意訳された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミスカワイフ【Miskawayh】

?‐1030
ブワイフ朝時代の史家,哲学者。イブン・ミスカワイフIbn Miskawayhとも呼ばれる。ブワイフ朝の君主ムイッズ・アッダウラの宰相ムハッラビーMuhallabīの下で書記を務め,アドゥド・アッダウラ時代まで宮廷にあって,同朝内部の人間関係,政治事情に通じていた。この見聞が彼の史書《諸民族の試みTajārib al‐Umam》の,ブワイフ朝関係の部分に生かされている。宗教的な粉飾が少なく,人物描写が生彩に富んで,同書の史料価値をきわめて高いものにしている。

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世界大百科事典内のミスカワイフの言及

【歴史】より

…また,イスラム帝国の分裂とマムルークなどの軍人が軍事・行政・財政に関する全権限をカリフに代わって行使する武家政治を経験した11世紀に,多く廷臣または官僚の手になる同時代史年代記が出現した。その代表作がミスカワイフの《諸民族の経験》で,巻頭に世界史のレジュメを付し,神学的歴史観とは無縁で,支配者の興亡をさめた冷静な筆致で記述する。しかし支配者自身が執筆を命じた王朝史やみずからの伝記の類は内容が空疎で,ただ美文のためだけで有名なものが少なくない。…

※「ミスカワイフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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