イラン,イラクを支配したイラン系のシーア派王朝。932-1062年。ダイラム人の族長ブワイフの3人の息子は,ジヤール朝のマルダーウィージュに仕えて勢力を伸ばし,イスファハーン,ジバール,ケルマーンおよびフージスターンで独立した。946年(945年説もある),末弟アフマドはバグダードに入り,アッバース朝カリフより,アミール・アルウマラー(大アミール)に任命され,ムイッズ・アッダウラ(王朝の強化者)の称号を,また2人の兄も,それぞれカリフから称号を与えられた。ブワイフ朝はシーア派の十二イマーム派に属していたが,スンナ派のカリフを保護することによってその支配の正当化を図ったので,宗教的権威としてのアッバース朝カリフと,世俗権力としてのブワイフ朝アミールの共存する二重構造が生じた。このような関係は,次のセルジューク朝にも受け継がれ,スルタンはカリフからシャリーア施行の権限を授与されて政治を行った。ムイッズ・アッダウラはイラクのサワード地方で,軍人に給与の代りにイクターを授与し,イスラム史上初めて軍事イクター制の施行者となった。
王朝は,アドゥド・アッダウラ,ファフル・アッダウラFakhr al-Dawla(950-997)の時代が最盛期であったが,ブワイフ朝の領土は,ファールス,ケルマーン,ジバール,イラクの4地方に大別され,それぞれ別の王族によって統治され,その関係は時代によっても異なり,複雑である。宮廷の公用語はアラビア語であり,《歌謡の書》を編纂したイスバハーニーらが現れ,アラブ文学の繁栄期であった。一方,ルクン・アッダウラRukn al-Dawla(?-976)がパフラビー語を刻んだ貨幣を鋳造し,アドゥド・アッダウラ以降のアミールの中に,シャーハンシャー(王中の王)を名のる者が現れるなど,イラン的伝統との結びつきを強調しようとする傾向もあった。軍事力の根幹はダイラム人,ギーラーン人であったが,時とともに,とくにイラクでは,トルコ人マムルークが重んじられ,前者との対立が激化した。王族間の内紛,イクター保有者と総督との反目,スンナ派とシーア派の住民の対立の激化,都市におけるアイヤール(任俠無頼の徒)の横行も加わって衰退に向かった。一部はファールスで命脈を保ったものの,1055年にセルジューク朝がバグダードに入ったとき,すでにイラクの政治の実権はトルコ人のマムルーク将軍の手に移っていた。
執筆者:清水 宏祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
イラン・イラクを支配したイラン系王朝(932~1062)。ダイラム地方(カスピ海西岸の山岳地帯の古名)出身の、ブワイフ家の三兄弟は、ズィヤール朝に仕えながら勢力を伸ばし、長男アリーがイスファハーン、ハサンがジバール、末弟のアフマドがケルマーン、フーゼスターンで独立。946年にアフマドはバグダードへ入城し、アッバース朝のカリフから大アミール(アミール・アルウマラー)に任命され、ムイッズ・アッダウラ(王朝の強化者)の称号を得、事実上の支配者となった。10世紀後半のアドゥッド・アッダウラ時代が最盛期で、パフラビー語を刻んだコインが鋳造されるなど、イラン的伝統が強調された。宮廷公用語はアラビア語であり、イスファハーニーによる『アガーニー』をはじめとするアラブ文学の名作が書かれた。軍事力の根幹はダイラム人とトルコ人グラーム(マムルーク)であり、両者の対立、イクター保有者と総督との反目、同族間の内紛から衰退し、セルジューク朝の進出以前に実権を失っていた。
[清水宏祐]
932~1062
イラン系の軍閥政権。カスピ海の西南デイラム山地に興り,イランの各要地を分領した。その一派は946年,アッバース朝の乱れに乗じてバグダードに入り,カリフを奉じ,大将軍(アミール・アル・ウマラー)の称号を受け,実権を握った。文化奨励の英主も少なからずあったが,100年あまりでその版図はセルジューク朝,ガズナ朝などに接収された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…首都はバグダード。ただし,アッバース家のカリフが宗教上・政治上いずれにおいても最高の指導者・権力者として統治しえたのは,せいぜいブワイフ朝がバグダードを攻略する946年までで,その後はごく短期間を除いて政治上の実権を失い,宗教上の権威のみを保持したにすぎない。したがってアッバース朝の性格も,10世紀半ばを境にして大きく変わっており,実質的な国家としてのアッバース朝を取り上げる場合には,同朝の前半期の約200年間が問題にされる。…
※「ブワイフ朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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