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モルレー Murray, David

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

モルレー Murray, David

1830-1905 アメリカの教育学者。
1830年10月15日生まれ。ラトガーズ大教授。明治6年(1873)政府にまねかれて来日し,文部省学監として文部大輔(たいふ)田中不二麿(ふじまろ)に助言。初等教育制度のほか,東京大学,女子師範とその付属幼稚園,教育博物館などの創設に協力した。12年帰国。1905年3月6日死去。74歳。ニューヨーク州出身。マレーとも。

出典|講談社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モルレー

マレー」のページをご覧ください。

モルレー
Morlaix

フランス西部,ブルターニュ半島北岸,イギリス海峡にのぞむフィニステール県の港町。ローマ時代からの町で,15~16世紀の建物,聖堂が多くみられる。深さ 60mの谷にかかる陸橋 (鉄道橋) が有名。人口1万 7607 (1990) 。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モルレー
もるれー
David Murray
(1830―1905)

アメリカ人、教育家、お雇い外国人顧問。マレーともよばれた。ラトガース大学教授としてアメリカ駐在代理公使森有礼(ありのり)の質問に答えて日本教育に関する意見を寄せた。彼の意見は岩倉遣外使節一行の注目するところとなり、1873年(明治6)文部省顧問として来日した。初め督学官(のち学監)として当時文部行政の中心的地位にあった田中不二麿(ふじまろ)を助け、理想に走りすぎた「学制」の漸進的改革に務めた。その改革意見は『学監考案日本教育法』に示されている。また、欧米型ユニバーシティーの最初である東京大学の創立、東京女子師範学校および同付属幼稚園の開設に貢献したほか、東京学士院などの学術機関の整備にも尽くした。79年1月帰国し、ニューヨーク州教育局理事などを歴任した。[梅溪 昇]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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