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レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ Restif de la Bretonne

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ
レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ
Restif de la Bretonne

[生]1734.10.23. ブルゴーニュ,サシ
[没]1806.2.3. パリ
フランスの作家。本名 Nicolas Edme Restif。農家に生れ,印刷所に職を得てパリに出,放蕩無頼,漁色の生活をおくった。 30歳をこしてから文学を志し,250巻に上る作品を書き人気作家となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ
れちふどらぶるとんぬ
Resti(Rtif)de la Bretonne
(1734―1806)

フランスの小説家。ブルゴーニュ地方の裕福な農家に生まれ、牧童生活を体験した。ジャンセニスト腹違いの兄の下での厳格な教育に耐えきれず、オーセル、パリで印刷工を経験したのち、小説を発表。出世作『堕落百姓』Le Paysan Perverti ou Les Danger de la Ville(1775)で作家的地位を確保した。それ以後、『父の生涯』(1779)、『南半球の発見』(1781)、『サラ』(1783)、『パリの夜』(1788~94)をはじめ、44編187巻の小説、ユートピア思想を精力的に著した。大革命期に破産するが、膨大な自伝小説ムッシューニコラ』Monsieur Nicolas ou le Cur humain devoil(1794~97)を発表するなど、執筆活動をやめなかった。レチフは自然主義の先駆ともルソーの弟子ともいわれるなど、長く誤解されてきたが、近年ほぼ正当に再評価されるに至った。現実の生のはかなさと死の想念から、仮構の現実と戯れつつ、内的時間に固執する優れて近代的な特徴を備えた、一種の全体小説の構築を目ざした作家と考えられる。[植田祐次]
『植田祐次訳『パリの夜』(1969・現代思潮社)』

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