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ロジンスキー

百科事典マイペディアの解説

ロジンスキー

ポーランド出身の米国の指揮者。クロアチアの港町スプリトに生まれ,幼年期にポーランドに移住。ウィーン音楽院に学ぶ。ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者などを務めたのち,ストコフスキーに認められ1926年渡米。フィラデルフィア管弦楽団の副指揮者などを経て,1929年−1933年ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団,1933年−1943年クリーブランド管弦楽団,1943年−1947年ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団,1947年−1948年シカゴ交響楽団の常任指揮者を歴任した。その後は欧米各地に客演。1933年米国籍を取得。ダイナミックな演奏で知られ,ロシア音楽や同時代作品に定評があった。その指揮ぶりは映画《カーネギー・ホール》(1947年)に見ることができる。→バーンスタイン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロジンスキー
ろじんすきー
Artur Rodzinski
(1894―1958)

アメリカの指揮者。クロアチアのスプリト生まれ。ポーランドで育ち、ウィーン大学で法律を、ウィーン国立音楽院でピアノと指揮を学ぶ。ポーランドで合唱指揮者として活動したあと、1921~25年ワルシャワ・フィルハーモニー指揮者。ストコフスキーに認められて渡米、26~29年フィラデルフィア管弦楽団の副指揮者を務めた。29年ロサンゼルス・フィルハーモニーの常任指揮者に就任、以後、クリーブランド管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニー、シカゴ交響楽団の常任を歴任。48年以後は欧米各地で客演指揮者として活躍した。ダイナミックで直線的なスケールの大きい演奏で、ロシア音楽をもっとも得意とした。[岩井宏之]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例