中国と世界を陸海のルートでつなぐ巨大経済圏構想。2013年9月、
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巨大経済圏の創出を掲げる中国の戦略的構想。
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中国の国家主席、習近平(しゅうきんぺい)が提唱し、中国主導で進められている、アジア、ヨーロッパ、アフリカ大陸にまたがる経済圏構想。「一帯」にあたる「シルクロード経済ベルト」と、「一路」にあたる「21世紀海上シルクロード」からなる。
「一帯一路」構想(「一帯一路」イニシアティブともいう)は、インフラの整備や貿易・投資の促進、資金の融通といった分野を中心に進められており、多くの成果をあげている。その一方で、中国から融資を受けたパートナー国の債務リスクの増大や、プロジェクトの透明性の欠如、環境悪化など、乗り越えなければならない課題も多い。中国は国際協力を強化しながら、これらの課題を克服しつつ、質の高い「一帯一路」の建設を通じて、パートナー国とのウィン・ウィンの関係の構築を目ざしている。
[関 志雄 2024年7月18日]
2013年、国家主席に就任してまだ間もなかった習近平は、中国の周辺外交の軸として、また新しい対外開放戦略の一環として、「シルクロード経済ベルト」と「21世紀海上シルクロード」をあわせた「一帯一路」構想を打ち出した。
まず2013年9月に、カザフスタンのナザルバエフ大学で演説した際、ユーラシア各国の経済連携をより緊密にし、相互協力をより深めて経済発展を促すために、新しい協力モデルとして、共同で「シルクロード経済ベルト」を建設する構想を初めて打ち出した。
続いて同年10月に、インドネシアの国会で演説した際、中国とASEAN(アセアン)諸国との海上協力を強化し、中国政府が設立した中国・ASEAN海上協力基金を活用し、海洋協力のパートナーシップを発展させ、ともに「21世紀海上シルクロード」を建設しようと提案した。
「一帯一路」構想の実現に向けて、2015年2月に「一帯一路」建設工作領導小組が発足したことに続き、同年3月28日には、国家発展改革委員会、外交部、商務部が「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの共同建設の推進に向けたビジョンとアクション」を発表した。また、2017年5月14日から15日にかけて、第1回「『一帯一路』国際協力サミットフォーラム」が北京(ペキン)で開催され、29か国の元首・首脳が出席した。これをきっかけに、国際社会の「一帯一路」構想への関心が一気に高まった。それに先だち、「一帯一路」建設工作領導小組が、同構想の全体像を盛り込んだ「『一帯一路』共同建設:理念、実践と中国の貢献」(以下、「『一帯一路』共同建設」)と題する文章を発表した。
「一帯一路」におけるインフラ整備を資金面から支援するため、シルクロード基金(2014年12月)やBRICS(ブリックス)の5か国が主体となる新開発銀行(NDB、2015年7月)、アジアインフラ投資銀行(AIIB、2015年12月)などが、中国の主導で設立された。この一連の取り組みは、第二次世界大戦後、アメリカが西欧諸国を対象に実施したマーシャル・プランを思わせるものであり、一部のメディアでは「中国版マーシャル・プラン」とよばれた。
「『一帯一路』共同建設」のなかで、「一帯一路」の対象地域について、次のように示されている。
まず、「シルクロード経済ベルト」には三つのルートがある。(1)中国西北、東北から中央アジア、ロシアを経てヨーロッパ、バルト海に至るもの、(2)中国西北から中央アジア、西アジアを経てペルシア湾、地中海に至るもの、(3)中国西南からインドシナ半島を経てインド洋に至るものである。
また、「21世紀海上シルクロード」には二つのルートがある。(1)中国の沿海港から南シナ海を通り、マラッカ海峡を経てインド洋に至り、ヨーロッパへ延伸するもの、(2)中国の沿海港から南シナ海を通り、南太平洋へ延伸するものである。
このように、「一帯一路」構想は中国主導で進められ、おもにユーラシアの開発途上国を対象としている。しかし、中国は、それに関心を寄せる国々と国際機関がそれぞれの方式で参加協力し、成果の恩恵をより広い地域、より多くの人々に及ぼすことを歓迎する、と表明している。実際、その後、「一帯一路」構想にかかわるパートナー国は、当初想定した「一帯」と「一路」の枠を超え、他の地域にも広がっている。
[関 志雄 2024年7月18日]
2023年10月の第3回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムの開催にあわせて発表された白書「『一帯一路』共同建設:人類運命共同体構築の重大な実践」などによると、「一帯一路」協力がユーラシア大陸からアフリカと中南米に延び、150余りの国、30余りの国際機構が「一帯一路」共同建設の協力文書に調印した。
「一帯一路」構想は、(1)政策面の意思疎通、(2)インフラの連結、(3)貿易・投資の促進、(4)資金の融通、(5)民心の意思疎通の五つの分野での協力を中心に進められている。
政策面の意思疎通では、中国とパートナー国は、鉄道、港湾、エネルギー、金融、税制、環境保護、防災、シンクタンク、メディア、その他の分野を含む20余りの専門分野の多国間協力のプラットフォームを設立した。また、2023年6月末の時点で、中国はパキスタンやロシアを含む65の国家標準化機関、国際機関、地域機関と107件の標準化協力文書に署名し、民間航空、気候変動、農業・食品など複数の分野での標準化に関する国際協力を推進している。
インフラの連結では、「六廊」(新ユーラシア・ランドブリッジ、中国・モンゴル・ロシア経済回廊、中国・中央アジア・西アジア経済回廊、中国・インドシナ半島経済回廊、中国・パキスタン経済回廊、バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー経済回廊)と、六路(鉄道、道路、海路、航空、パイプライン、情報通信網)の建設が進められている。そのなかで、中国ラオス鉄道やインドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道など一連のシンボルとなるプロジェクトが完成した。2023年に、中国がパートナー国で請け負った工事の完成工事高は1321億ドルに上った。
貿易・投資の促進の面では、2024年3月末時点で、国際定期貨物列車「中欧班列」は中国とヨーロッパ25か国の222都市を結び、累計運行本数は8万7000本を超えた。また、2023年6月末時点で、「シルクロード海運」航路が世界43か国の117の港湾に通じた。さらに、2023年に、中国とパートナー国との輸出入総額は2兆7600億ドル(輸出入全体の46.6%)、中国からパートナー国への非金融対外直接投資は318億ドル(対世界の24.4%)に達した。中国企業の主導で、パートナー国においてすでに70以上の産業パークが建設された。
資金の融通の面では、2024年5月15日時点でAIIBの正式メンバーは96か国・地域(アジア地域メンバー48か国・地域、地域外メンバー48か国・地域)で、加盟予定が13か国・地域と急速に拡大している。2024年6月末時点で、AIIBは交通、エネルギー、公衆衛生などの分野を含む274件の投資プロジェクト、総投資額535億ドルを承認した。2024年3月末時点で、シルクロード基金の投資プロジェクトは70か国以上に及び、承認された投資額は240億ドルを超えた。
民心の意思疎通の面では、2023年6月末時点で、中国は45のパートナー国・地域との間で高等教育の学歴・学位相互認証合意に調印し、144か国との間で文化・観光分野の協力文書に調印した。
[関 志雄 2024年7月18日]
一帯一路は、大きな成果をあげながら、同時に多くの課題を抱えている。
まず、現状では、多くの沿線国は経済基盤が弱く、債務リスクが高い。プロジェクト費用はおもに中国からの融資でまかなわれているが、返済困難に陥った国に対して中国が影響力を強めようとする「借金漬け外交」を展開しているのではないかという批判がある。たとえば、スリランカのハンバントタ港は、中国からの融資によって建設されたが、返済困難により中国に99年間のリースで運営権が譲渡された事例が象徴的である。
また、一帯一路プロジェクトは、透明性の欠如や腐敗の疑念が指摘されている。プロジェクトの契約や入札プロセスが不透明であり、情報公開が不十分であるため、政府関係者や企業による不正な資金流用や収賄などの疑惑がもちあがっている。
さらに、「一帯一路」の開発は、地球温暖化や大気汚染などの環境悪化を招くおそれがある。中国は世界最大の二酸化炭素排出国であり、エネルギー大量消費、多炭素排出、高汚染の産業を沿線諸国に移転することで、環境の悪化を招きかねない。また、沿線国の自然や生物多様性にも悪影響を及ぼすことが懸念されている。
そして、「一帯一路」のプロジェクトは、政権交代や民主化運動などによって、中国との関係が悪化したり、プロジェクトが中断したりするなど、沿線国の政治情勢に左右される可能性がある。たとえば、マレーシアでは2018年に行われた選挙で、中国とのプロジェクトを批判したマハティールが政権に返り咲き、一部のプロジェクトの見直しや中止を表明した。また、イタリアは先進7か国(G7)で唯一「一帯一路」に参加していたが、2022年の政権交代を受けて、2023年12月に離脱の方針を中国側に伝えた。
[関 志雄 2024年7月18日]
中国は、これらの課題を克服しながら、質の高い「一帯一路」の共同建設を目ざしている。それに向けて、国家主席の習近平は、2023年10月18日に開催された第3回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムの開幕式での基調講演において、「ともに協議・ともに建設・ともに享受」、「開放・グリーン・廉潔」、「高い基準・民生重視・持続可能」という原則を掲げ、それに沿って、今後、中国がとる八つの行動を発表した。
(1)「一帯一路」立体的コネクティビティ・ネットワークの構築
中国は「中欧班列」の質の高い発展を加速させ、カスピ海横断国際輸送路の建設に参加し、ユーラシア大陸に物流の新たなルートを構築する。「シルクロード海運」の港湾・航空・貿易の一体的発展を積極的に推進し、陸・海新ルート、空中シルクロードの建設を加速する。
(2)開放型世界経済構築への支援
「シルクロード電子商取引」協力先行区を設置し、多くの国々と自由貿易協定(FTA)や投資保護協定の交渉・締結を行い、外資参入制限措置を全面的に撤廃する。
(3)実務的協力の展開
シンボルとなるプロジェクトや「小さくて優れた」民生プロジェクトを統合的に推進する。
(4)グリーン発展の促進
グリーンインフラ、グリーンエネルギー、グリーン交通の分野で協力を深め、「一帯一路」国際グリーン開発連合(BRIGC)への支援を強化する。
(5)科学技術革新の推進
「一帯一路」科学技術革新行動計画を実施し、共同研究所を100か所にまで拡大する。
(6)民間交流の支援
文明に関する対話を深めていくプラットフォームとして、「良渚(りょうしょ)フォーラム」を開催する。
(7)インテグリティ(廉潔)構築の推進
「『一帯一路』インテグリティ構築ハイレベル原則」を打ち出し、「一帯一路」企業廉潔・法令順守(コンプライアンス)評価システムを確立する。
(8)「一帯一路」国際協力体制の整備
「一帯一路」のパートナー国と工ネルギー・租税・金融・グリーン開発・減災・腐敗防止・シンクタンク・メディア・文化などの分野における多国間協力プラットフォームの構築を強化し、国際協力サミットフォーラムの事務局を設置する。
[関 志雄 2024年7月18日]
当初、中国政府は、「一帯一路」構想の中国にとっての戦略的意義について、次のように説明した。
まず、さらなる改革開放のために必要である。近年、中国が経済発展において大きな成果を収め、国内総生産(GDP)が世界第2位、貿易の規模が世界一になったとはいえ、多くの課題にも直面している。たとえば、東部と中西部の格差問題である。中西部が飛躍的な発展を遂げるには、東部からの生産能力の移転を加速させ、中西部地域と隣国間の交流と協力を強化しなければならない。「一帯一路」構想はまさにその一環である。
また、アジアにおける地域協力のために必要である。アジアは世界経済の牽引(けんいん)役であり、経済のグローバル化の担い手でもあるが、その一方で、アジア地域の一体化は、ヨーロッパ、北米と比べると遅れている。とくに、アジア各地域間で発展の格差が大きく、連携が少なく、交通インフラがつながっていないことが地域協力の障害となっている。「一帯一路」構想は、インフラ建設と制度改革を促進するなど、地域内と関連国家のビジネス環境の向上に寄与する。
そして、世界の平和と発展のために必要である。古代シルクロードでみられた平和、友好、開放、包容、ウィン・ウィンの精神は中国だけではなく、世界にとっても貴重な財産であり、無形文化遺産でもある。古代シルクロードの精神を継承しながら、新しい時代の特徴を取り入れる「一帯一路」構想は、世界の平和と発展に貢献できる、としていた。
その後、経済成長の鈍化と米中対立の激化を受けて、中国にとって、「一帯一路」構想の戦略的重要性はいっそう高まっている。アメリカが経済制裁や技術封鎖、同盟国との連携強化など、さまざまな手段で対中デカップリング(切り離し)を進めているが、中国は、「一帯一路」構想を通じて、ヨーロッパやアジア、アフリカなどの広域にわたる経済圏を構築することで、孤立を避け、かつ開発途上国との関係を強化し、国際社会におけるリーダーシップを発揮することを目ざしている。また、中国経済が近年減速傾向にあることを踏まえて、「一帯一路」構想により、中国企業の海外進出を促進し、新たな市場を開拓することで、経済成長を促進しようとしている。ただし、「一帯一路」のパートナー国は、開発途上国がほとんどで、アメリカをはじめとする先進国にかわって中国に先端技術を提供することができない。
一方、アメリカは、「一帯一路」が中国の経済・軍事・政治的な影響力を世界中に拡大させるための手段であり、既存の国際秩序に挑戦するものであると警戒している。それを牽制するために、バイデン政権は、同盟国、パートナー国、地域機関とともに、(1)自由で開かれたインド太平洋の推進、(2)地域内外における連携の構築、(3)地域の繁栄の促進、(4)インド太平洋における安全保障の強化、(5)地球温暖化や新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の流行など、国境を越えた脅威に対する地域の回復力の構築を柱とする「インド太平洋戦略」を進めている。
このように、「一帯一路」は、中国が主導する一大経済圏として形成されつつある一方で、米中対立の舞台になるおそれがある。
[関 志雄 2024年7月18日]
(大迫秀樹 フリー編集者/2017年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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