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一絲文守 いっし ぶんしゅ

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美術人名辞典の解説

一絲文守

江戸前期の臨済宗の僧。京都生。号は桐江・耕閑等。雪岑梵崟、沢庵宗彭に師事。後水尾天皇の帰依を受け、賀茂霊源院・丹波法常寺を開き、近江永源寺に住して再興に尽力した。書画を能くし茶道に造詣深く烏丸光広小堀遠州松花堂昭乗等と親交があった。勅号定慧明光仏頂国師。正保3年(1646)寂、39才。

出典|(株)思文閣
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朝日日本歴史人物事典の解説

一絲文守

没年:正保3.3.19(1646.5.4)
生年:慶長13(1608)
江戸前期の臨済宗の僧。山城(京都府)生まれ。「もんじゅ」ともいう。岩倉具尭の第3子。14歳で相国寺の雪岑梵崟に,のち堺の南宗寺の沢庵宗彭に参じた。寛永3(1626)年槙尾の賢俊に就いて出家し,再び沢庵に参じたが印可はされなかった。のち妙心寺愚堂東寔雲居希膺につき,愚堂の法を嗣ぐ。後水尾上皇の帰依を受け,西賀茂の霊源禅院などを開き,持戒禅を唱えた。寛永20(1643)年近江の永源寺に住したが,3年後に示寂。文芸にもすぐれ烏丸光広らと親交があった。諡号は定慧明光仏頂国師。著書は『大梅山夜話』『定慧明光仏頂国師語録』(『大正蔵』81所収)など多数。<参考文献>卍元師蛮『本朝高僧伝』45巻

(藤田正浩)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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