コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

久留米絣 くるめがすり

6件 の用語解説(久留米絣の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

久留米絣
くるめがすり

福岡県久留米市とその周辺で織られる独特な木綿の紺絣。綿糸で固くくくって藍染を十数回と繰返し,堅牢に仕上げる。この技術は幕末の頃,井上伝 (1788~1869) によって考案されたといわれ,1956年には国の無形文化財に指定されている。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

くるめ‐がすり【久留×絣】

久留米地方から産する堅牢(けんろう)な木綿の紺絣。江戸後期、井上伝の創始といわれる。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

久留米絣【くるめがすり】

久留米市を中心として産出する綿の(かすり)織物。江戸時代井上伝により考案されたという。紺地に白または青の細かい絣柄が特色で,染色,地質とも丈夫なので実用的な着物地にされる。
→関連項目大木[町]久留米[市]紺絣広川[町]綿織物

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

くるめがすり【久留米絣】

筑後国(福岡県)久留米で1799年(寛政11)ごろ,井上伝(でん)(1788‐1869)の発明した綿織物。〈お伝絣〉とも呼ばれた。綿糸を絣染めにした特色のある織物で庶民の日常衣料として〈霰織(あられおり)〉〈雪降織〉ともよばれて好評を得た。幕末ごろ発明家田中久重は画絣をくふうし,機械の改良や糸の組み方などについて指導し,さらに紺屋佐助は絵模様の下絵書によって,久留米絣は一段と評価を高めた。製品の販売にさいし久留米の通町に店を持った本村庄兵衛は,九州一帯に販路を開き,また国武嘉次郎は製品を改良して売り出すなどした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

くるめがすり【久留米絣】

久留米地方で作られる木綿の紺絣。井上でん(1788~1869)の創案と伝える。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

久留米絣
くるめがすり

福岡県久留米市を中心として、三潴(みずま)郡、八女(やめ)郡、うきは市、三井(みい)郡にわたって織られている木綿の絣織物。もともとこの地方は木綿栽培地であり、農家の副業として織物生産が行われていたが、江戸時代の後期に、木綿の織りの新技法が南方から渡来し、各地に伝えられたとき、その影響を受け、井上伝(でん)らの努力によって広まっていった。その中心は紺染屋で、その果たした役割は大きかった。井上伝は、新技法を広め、改良に努めたことが認められるべきで、それに協力した田中久重(ひさしげ)や大塚太蔵(たいぞう)の功績もある。久留米絣として名が高まったのは、西南戦争(1877)に参加した兵士が持ち帰ったときからであるが、売行き増加のため、染着の悪い化学染料を用い、不評を招いたこともあった。しかし、機械化による大量生産と品質改良で発展を遂げ、備後(びんご)(広島)、伊予(愛媛)とともに三大木綿絣生産地の一つとして、首位を競っている。
 製造工程は、まず絣の部分を荒麻(あらそ)(麻の表皮)で手くくりし、藍(あい)染めされる。この防染方法は機械化され、機械くくりや織貫(おりぬき)機を用いるものがある。そして藍染めも化学染料へと転換し、天然藍を使うものは少なくなってしまった。製織は、初め居座機(いざりばた)を用いていたが、絣の盛行につれ、機台の短い高機(たかはた)やバッタン機へかわり、動力織機によるものも多くなった。しかし、複雑な柄(がら)では絣くずれがするため、手織り機を使わねばならない。一般に簡単な幾何学模様から鶴(つる)・亀(かめ)などの吉祥(きちじょう)模様まで多くの柄に織られるが、とくにふとん柄は、その幅いっぱいに大柄の絵羽(えば)模様が織り出される独特のものであった。現在では、高級品は普段着としての着尺地に、下級品はおもに労働着として使われる。
 この伝統的技術を保存するため、国の重要無形文化財の指定を受けており、荒麻くくり、藍染め、手織りの作業にそれぞれ技術保持者がいる。[角山幸洋]
『国武合名会社編・刊『久留米絣』(1911) ▽武野要子著「博多織と久留米絣」(『日本産業史大系8』所収・1960・東京大学出版会) ▽岩崎京子著『久留米がすりのうた』(1981・旺文社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

久留米絣の関連キーワード久留米福岡県久留米市合川町福岡県久留米市上津町福岡県久留米市国分町福岡県久留米市篠山町福岡県久留米市新合川福岡県久留米市東櫛原町福岡県久留米市本町福岡県久留米市御井町福岡県久留米市南

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

久留米絣の関連情報