( 1 )「秋の夕暮」を結句においた歌は、後撰集時代から例があるが、勅撰集に登場するのは「後拾遺集」からで、「新古今集」に至ってその数が急増する。「六百番歌合」には「秋夕」が題としてあり、新古今時代に歌題として定まった。「秋の夕暮」の本意の形成には「寂しさに宿を立出てながむればいづくもおなじ秋の夕暮〈良暹〉」〔後拾遺‐秋上〕が大きく関わっており、この歌を三夕歌に含める異説もある。
( 2 )「三夕歌」という呼び方の起源は定かではないが、「謡・西行塚」に「鴫立つ沢」の西行歌について「三夕の随一」という表現が見える。「和歌伊勢海」に「三夕和歌」と見えることから天文年間(一五三二‐五五)にはあった可能性がある。「随・槐記‐享保一四年」には「後陽成院の御時より始れり」、「類聚名物考‐和歌部一一」には「(木下)長嘯子より始る」とある。
福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...