三崎河原村(読み)みさきがわらむら

日本歴史地名大系 「三崎河原村」の解説

三崎河原村
みさきがわらむら

[現在地名]久世町三崎みさき中原なかばら

目木めき川の下流左岸に三崎・中原が、右岸五反ごたん集落がある。北は目木村、南は大庭おおば(現落合町)、西は台金屋だいかなや村。対岸の五反が当村に属するのは、目木川の流路の変化によるものと考えられる。正保郷帳に村名がみえ、田高三六二石余・畑高一四二石余。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高一四七石余・開高四一石余。領主変遷鍋屋なべや村と同じ。江戸前期、目木乢めきだわ上河内かみごうち(現落合町)に接する山間部の中原の開発が進んだとみられる。「作陽誌」では戸数九八・人数五二四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む