三左衛門堀跡(読み)さんざえもんぼりあと

日本歴史地名大系 「三左衛門堀跡」の解説

三左衛門堀跡
さんざえもんぼりあと

慶長年間(一五九六―一六一五)姫路藩主池田三左衛門輝政が姫路城と飾万しかま津とを結ぶ堀を築こうとして果せずに終わった堀跡。「池田家履歴略記」によると、飾万川より南にあたる野中南北一里余・幅二〇間ばかりの長堀をうがち、両岸に松樹が植えられた。播磨備前美作の人夫が築いたという。堀の惣名を三左衛門殿堀と唱えるが、三国の役夫が掘った所は境界があって、備前堀・播磨堀・作州堀という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android