…1246年(寛元4)北条氏の支流名越光時は,千葉秀胤らを誘い,頼経を擁して北条時頼を除き執権の地位を奪おうと図ったが,事前に発覚して追放され,頼経は京都に送還された。三浦光村も頼経に接近してこの事件に関係したらしく,頼経を京都まで護送したのち,再び頼経を鎌倉に迎える考えをもっていたといわれる。前将軍頼経に接近して反北条氏的な動きを示した三浦氏に対して警戒を強めた執権時頼は,翌年外戚安達景盛らと謀って三浦氏を挑発し,鎌倉において光村の兄泰村以下三浦氏一族を滅ぼした。…
※「三浦光村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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