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三瀦謙三 みずま・けんぞう

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朝日日本歴史人物事典の解説

三瀦謙三

没年:明治27.12.29(1894)
生年:嘉永5.1.19(1852.2.8)
明治期の医者。出羽国米沢(山形県)生まれ。三瀦白圭の次男。安政6(1859)年米沢興譲館に入って漢籍を学び,のち米沢の医学校好生堂で医を学んだ。明治8(1875)年東京医学校(東大)を卒業し,東京病院勤務となりシュルツェの助手として診療に従事した。10年3月西南の役に際して九州出張を命じられ,同年11月警視第一病院副長,12年7月最初の東京地方衛生委員となり,コレラの流行に際しては避病院長となった。13年9月芝警視病院長となり,翌年この病院が廃止されたのちその跡に私立病院を設立した。8年4月東京病院に勤務中,ジフテリアが一種の「黴原」(ピルツ)により発病することを明らかにした。<参考文献>三瀦信三「三瀦謙三伝」(『中外医事新報』1175号),山崎佐「『ヂフテリア』病原と三瀦謙三先生」(『中外医事新報』1175号)

(深瀬泰旦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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