ジフテリア(読み)じふてりあ(英語表記)diphtheria

翻訳|diphtheria

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジフテリア」の意味・わかりやすい解説

ジフテリア
じふてりあ
diphtheria

ジフテリア菌がおもに呼吸器の粘膜に飛沫(ひまつ)感染しておこる急性の感染症で、感染症予防・医療法(感染症法)により2類感染症に分類されている。流行期は冬であるが、都市部では年間を通じてみられる。かかりやすいのは幼児と小児で、10歳以上の年長児や乳児に少ないのも特色である。新生児は母体から免疫をもらっている場合が多い。予防接種の効果が顕著で、先進国ではまれな病気になった。しかし、旧ソ連圏では政権の崩壊の影響を受けてワクチン不足となり、1991~1995年にジフテリアがふたたび大流行し、1994年には患者数4万4261人に及び、日本でも旧ソ連圏からの旅行者によるジフテリアの侵入を用心しなければならない事態が生じた。

[柳下徳雄]

症状

菌の感染部位によって大きな差異があり、次のような病型に分類される。

[柳下徳雄]

咽頭ジフテリア

ジフテリアの代表的な型で、2~5歳の幼児にとくに多く、潜伏期は2~7日。インフルエンザなど急性感染症の一般的全身症状(頭痛・発熱・だるさなど)が初期にみられ、咽頭(いんとう)痛とのどの奥にある口蓋扁桃(こうがいへんとう)や咽頭粘膜の腫脹(しゅちょう)を伴う。扁桃に灰白色の苔(こけ)のようなものが点状または斑(はん)状に形成されるようになると、菌の検査で診断が容易になる。病勢が進むと40℃以上の高熱がしばしばみられ、もっとも特徴的な偽膜が扁桃部に生じ(発病後12時間前後)、頸(けい)部のリンパ節が腫(は)れてくる。膜様物の偽膜は剥離(はくり)しがたく、むりにはがすと出血しやすく、またすぐできることが多い。灰白色を呈するが、黄色または褐色のこともある。

 重症になると、局所組織が破壊されて深部に潰瘍(かいよう)ができる。偽膜が口蓋、さらには喉頭(こうとう)にも広がり、呼吸困難から窒息死することもある。また同時に、菌の産生した菌体外毒素によって心筋障害、腎(じん)障害、神経障害などをおこし、全身状態が悪化して1~2週間で死亡することがある。

[柳下徳雄]

喉頭ジフテリア

喉頭ジフテリアは咽頭ジフテリアがさらにのどの奥に進んでおこることもあるが、最初から喉頭部が侵される場合もある。まず発熱し、のどがぜいぜいして喉頭に偽膜を生じ、それが広がるにつれて声がかれ、イヌの遠ぼえのような一種特有の咳(せき)をする。偽膜のために呼吸が妨げられ、放置すれば窒息死する。なお、かつては真性クループともよばれていた。

[柳下徳雄]

鼻ジフテリア

生後まもない乳児に多くみられるもので、血液の混じった飴(あめ)色の鼻汁を出し、偽膜は鼻孔内にあって見えにくい場合が多い。しかも、発熱はなく全身症状も比較的少なくて病気としては軽いため、鼻(はな)ジフテリアとは気づかれずに病原菌をまき散らす危険もある。

[柳下徳雄]

その他

まれではあるが、皮膚の傷、新生児のへそ、眼結膜、女児の外陰部の粘膜などを冒すものもある。

[柳下徳雄]

合併症

ジフテリア外毒素による続発症としては、ジフテリア心筋炎とジフテリア後麻痺(こうまひ)が重要である。

[柳下徳雄]

ジフテリア心筋炎

早期と後発性に分けられる。早期ジフテリア心筋炎は、ジフテリアの発病後2週間以内に心臓衰弱として現れ、なかには1週間で心臓麻痺で死亡する例もある。後発性ジフテリア心筋炎は、発病後3~4週間以後におこり、突然心臓麻痺で死亡する場合もある。いずれも顔面蒼白(そうはく)、腹痛、嘔吐(おうと)、不整脈、血圧降下などの症状がみられ、急に失神や呼吸困難を訴える。

[柳下徳雄]

ジフテリア後麻痺

ジフテリアの回復期に末梢(まっしょう)神経が毒素に冒され、軟口蓋、眼筋、四肢の筋肉などが麻痺する。重症で、血清使用が遅れるほど広範囲にみられ、ひどいときは横隔膜が麻痺して呼吸困難から窒息死に至ることもある。一般には7~10日くらいで麻痺は回復する。続発症としては、もっとも多くみられる。

[柳下徳雄]

治療

ジフテリア外毒素が神経や心筋に達しないうちに、できるだけ早期に治療することが必要である。すなわち、抗毒素血清を可及的早期に十分量使用する。また、ペニシリンやマクロライド系の抗生物質(エリスロマイシン)などを併用する。窒息の危険が認められるときは気管切開をするが、偽膜が気管の下部まで詰まっている場合には救命できないこともある。血清病の発現には絶えず注意する。病初2週間の絶対安静と、回復期も約1か月くらいは安静を守ることも必要である。

[柳下徳雄]

予防

ジフテリア患者は認定した医師の届出を受けた保健所長により、感染症指定医療機関(病院)に入院して治療を受けることが勧告される。予防には予防接種が有効で、法律によって定期接種を受けることが国によって勧奨され、定期接種を受ける年齢になると、居住地域の市区町村役場から通知がある。接種方法は第Ⅰ期(初回・追加接種)と第Ⅱ期があり、第Ⅰ期の定期接種には「沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPTワクチン)」が使われ、第Ⅱ期定期接種には「ジフテリア破傷風混合トキソイド(DTワクチン)」が使われるのが通例である。

 第Ⅰ期の初回接種は、生後3か月から12か月までの期間に3~8週の間隔を置いて3回、毎回0.5ミリリットルずつ皮下注射する。第Ⅰ期の追加接種は、初回接種完了後6か月以上の間隔を置いて、12~18か月の間に1回行う。

 第Ⅱ期定期接種は、11~12歳、すなわち通常は小学校6年生に行われる。

[柳下徳雄]

ジフテリア菌

ジフテリアの病原体で、コリネバクテリウムCorynebacterium属の代表菌種。1883年ドイツの細菌・病理学者クレプスが患者の咽頭偽膜中より発見し、翌年レフラーF. A. J. Löffler(1852―1915)が純粋培養に成功した。グラム陽性菌で、長さ1.0~8.0マイクロメートル、幅0.3~0.8マイクロメートルの一端が棍棒(こんぼう)状に膨大している桿菌(かんきん)である。光学顕微鏡下ではV字状あるいは柵(さく)状配列を示すが、これは分裂前後の形態の相違によるもので、電子顕微鏡下で確認される。鞭毛(べんもう)はなく、運動はしない。テルル酸塩加血液寒天培地上の集落性状によって3型に分類される。また、ある特定のファージが感染することによってジフテリア菌は毒素を合成するようになる。この菌体外毒素がジフテリアの主要病状の原因となり、感染防御抗原ともなる。

[柳下徳雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジフテリア」の意味・わかりやすい解説

ジフテリア
diphtheria

ジフテリア菌による感染症。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で2類感染症と定義される。旧伝染病予防法による法定伝染病の一つ。2~6歳の小児に多い。2~6日間の潜伏期を経て発熱するほか,扁桃,咽頭,喉頭などの上気道粘膜に,独特の乳白色あるいは灰黄白色の偽膜が生じ,これがはれて呼吸困難となり,また声がかれ,犬が吠えるような咳が出るなどの症状を示す。回復期に入ってから,ジフテリア菌の出す菌体外毒素 (外毒素) によって神経麻痺や心筋障害などの合併症を起すこともある。治療は特に早期が大切で,ジフテリア血清の注射のほか,抗生物質の使用や,強心処置を行う。

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