デジタル大辞泉
「三顧の礼」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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さんこ【三顧】 の 礼(れい)
- =さんこ(三顧)
- [初出の実例]「三国誌時代とは違ひますからネ、草盧に高臥して三顧(サンコ)の礼(レイ)を待ったって誰れも来者(きて)はありませんワ」(出典:落紅(1899)〈内田魯庵〉二)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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三顧の礼
地位のある人物が、ある人に礼をつくして仕事を頼むこと。また、地位のある人物が、ある人を特別に信任、優遇すること。
[使用例] 昨日麦飯を食う者、今日三顧の命に遇い、蓑衣を脱して錦袴を穿ち[服部誠一*東京新繁昌記|1874~76]
[使用例] さっき話した斎木素子さんだ。社長が三顧の礼をもって迎えた方だからね、万事特別にな[岸田国士*泉|1939~40]
[由来] 二世紀の終わり、後漢王朝が衰退して各地で豪族が争っていたときのこと。根拠地も持たずに放浪していた劉備は、優秀な人材を相談役に迎えたいと切望していました。ある人物から、田舎に隠れ住んでいる諸葛亮(通称は孔明)が適任だと推薦を受けた劉備は、諸葛亮の家を何度も訪問して、ついに彼を補佐役に迎えることに成功。その助言によって、最終的には蜀という地方を支配下に収め、皇帝の位につくことができたのでした。「[文選]」に収められた「前出師の表」という文章では、諸葛亮自身がそのときのことを、「自ら枉屈して臣を草廬の中に三たび顧みる(劉備ご自身が、わざわざ私を家まで何度も訪ねてきてくれた)」と振り返っています。
[解説] ❶劉備は、後漢の皇帝の遠い親戚にあたります。そんな高貴な人物が田舎の一庶民を相手にする時は、ふつうならば使いを出して呼びつけるもの。それなのにわざわざ自分で何度も訪ねてきてくれたことに、諸葛亮は感激し、補佐役になる決心をしたのでした。地位のある人物が、自分より目下の人間に礼を尽くす場合に用いるのが、適切です。❷諸葛亮の側に立って、「三顧の恩」という言い方をすることもできます。
〔異形〕三顧/草廬三顧。
出典 故事成語を知る辞典故事成語を知る辞典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の三顧の礼の言及
【諸葛孔明】より
…たまたま劉表を頼って荆州に来た[劉備]は,その評判を聞くと,207年(建安12)に孔明の庵を訪れ,3度目にやっと会見できた。いわゆる〈三顧の礼〉にこたえた孔明は,劉備のために〈天下三分の計〉を説き,華北を制圧した[曹操]に対抗して漢室を復興するためには,江南に割拠する[孫権]と連合し,みずから荆州と益州(四川省)を確保して独立すべきことを勧めた。劉備はこの計略を喜び,孔明を不可欠な人物としてその関係を〈水魚の交わり〉にたとえた。…
※「三顧の礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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