日本歴史地名大系 「上中堰」の解説
上中堰
じようちゆうせぎ
- 長野県:更級郡
- 上中堰
国鉄信越線が
慶長八年(一六〇三)松代に入封した松平忠輝は花井遠江守吉成を城代としたが、吉成は川中島平の未墾地の荒廃、堰筋の不備に着目して、三堰整備の急を農民に諭し、同水路開削の出願に対して一堰金千両を永年賦返済で、一時貸与すると励ました。そこで岡田村(現長野市
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
国鉄信越線が
慶長八年(一六〇三)松代に入封した松平忠輝は花井遠江守吉成を城代としたが、吉成は川中島平の未墾地の荒廃、堰筋の不備に着目して、三堰整備の急を農民に諭し、同水路開削の出願に対して一堰金千両を永年賦返済で、一時貸与すると励ました。そこで岡田村(現長野市
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...