日本歴史地名大系 「上中堰」の解説
上中堰
じようちゆうせぎ
- 長野県:更級郡
- 上中堰
国鉄信越線が
慶長八年(一六〇三)松代に入封した松平忠輝は花井遠江守吉成を城代としたが、吉成は川中島平の未墾地の荒廃、堰筋の不備に着目して、三堰整備の急を農民に諭し、同水路開削の出願に対して一堰金千両を永年賦返済で、一時貸与すると励ました。そこで岡田村(現長野市
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
国鉄信越線が
慶長八年(一六〇三)松代に入封した松平忠輝は花井遠江守吉成を城代としたが、吉成は川中島平の未墾地の荒廃、堰筋の不備に着目して、三堰整備の急を農民に諭し、同水路開削の出願に対して一堰金千両を永年賦返済で、一時貸与すると励ました。そこで岡田村(現長野市
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菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...