上山守村(読み)かみやまもりむら

日本歴史地名大系 「上山守村」の解説

上山守村
かみやまもりむら

[現在地名]福山市駅家(えきや)町上山守

品治(ほんじ)郡東南端の村。神辺(かんなべ)平野の南を限る山地の北麓、芦田(あしだ)川南岸に位置。南は八反田(はつたんだ)・石槌(いしづち)山の急峻な山岳、北は芦田川を挟んで下山守村に対する。江戸時代初めまでは芦田川が蛇行していたのを、水野氏の時河道を一直線にして東向させたため、それまでの山守村が二分され、川を挟んで上下に分割されたという。応神天皇の五年、諸国に命じて海人と山守部を定めたとされるが(「日本書紀」同年八月条)、当地にも山守部が住居したことにちなむ地名といわれる。中世、備後守護土肥実平の末葉土肥盛家が延文元年(一三五六)石成(いわなり)庄の地頭となって来住、その一族が山守村に住して光成氏を称したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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