上山村下分(読み)かみやまむらしもぶん

日本歴史地名大系 「上山村下分」の解説

上山村下分
かみやまむらしもぶん

[現在地名]神山町下分

神領(じんりよう)村の西、鮎喰(あくい)川の上流域を占める。西は上山村上分、南は勝浦(かつうら)郡、北は左右内(そうち)村。近世初期には上山村上分と一括されて上山村と称したが、延宝三年(一六七五)に家数・人数の増加を理由に上分と下分に分れた(文化六年「上山村上分棟付帳」粟飯原家文書など)。中世は大粟(おおあわ)山(大粟郷)のうち。正中二年(一三二五)二月日の某袖判下文写(焼山寺文書)によると、上山内寄来(きらい)山畠内古房瑞東の田二反が焼山(しようさん)寺の免田とされている。寄来山は焼山寺の奥院蔵王権現堂のある所で、古房は奥院の北西にあり、焼山寺の旧地ともいわれる(徴古雑抄)。阿野勧善(あのかんぜん)寺蔵の大般若経巻一四奥書によれば、嘉慶二年(一三八八)一月二三日に「大粟上山、千野坊憲海」によって書写されている。

天正一三年(一五八五)の蜂須賀家政の入国にあたり、大粟山の在地名主層などによる一揆が発生し、同年九月二日にその鎮静に功績のあった粟飯原源右衛門らに感状が与えられた(「蜂須賀家政感状」御大典記念民政資料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む