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下毛野敦行 しもつけのの あつゆき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

下毛野敦行 しもつけのの-あつゆき

?-? 平安時代中期の官吏。
朱雀(すざく)天皇(在位930-946)の代に近衛(このえ)府に出仕し,左近将監(しょうげん)となる。「今昔物語集」に,競馬(くらべうま)で活躍したこと,八十余歳のころ騎射に失敗した子の公助(きんすけ)を鞭(むち)うった逸話などがみえる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

下毛野敦行
しもつけぬのあつゆき

生没年不詳。平安中期の近衛府(このえふ)武人。敦実(あつざね)の子。重行(しげゆき)の父。孫に公助(きんすけ)、公友(きんとも)(公奉)、公忠(きんただ)がいる。朱雀(すざく)朝(930~946)ころより出仕し、左近将監(しょうげん)となり、90歳ばかりで死去したとされる。『今昔(こんじゃく)物語集』によると悪馬をも乗りこなす「極(きわめ)タル上手(じょうず)」と評され、競馬(くらべうま)に活躍(巻20第44)。80余歳のとき、騎射に失敗した公助を鞭(むち)打つ逸話は有名(19-26)。一条(いちじょう)朝(986~1011)ころには尾張兼時(おわりかねとき)とともに「止事无(やんごとな)キ年老タル官人」と評された(28-5)。晩年は出家して西京に住み、隣家の死人の車を、自邸の垣を壊してそこから出させた行為により、世間の賞賛を得たという(20-44)。随身(ずいじん)下毛野氏繁栄の基礎を築いた人物といえよう。[弓野正武]

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