下田城(読み)しもだじょう

日本の城がわかる事典 「下田城」の解説

しもだじょう【下田城】

静岡県下田市にあった海城。下田湾口に突き出た半島の比高約60mの丘陵に築かれた、戦国時代末期の小田原北条氏が水軍の拠点とした城である。曲輪(くるわ)を持たないが、土塁や障子堀とよばれる空堀をめぐらした堅固な城だった。築城年は1588年(天正16)。小田原北条氏の当主・氏直が豊臣秀吉の小田原侵攻に備え、豊臣水軍が小田原侵攻の際に拠点とすることが予想された下田港に築城し、小田原水軍を率いる清水康英を城主として入城させた。その2年後の1590年(天正18)の小田原の役では、秀吉の水軍脇坂安治、長曽我部元親、安国寺恵瓊が同城を攻撃。康秀は600人で籠城、豊臣方の猛攻を1ヵ月あまりしのいだのちに開城した。その後、徳川家康が関東入国した際に、戸田忠次が城主として入城したが数年で三河国渥美田原(愛知県東部)に転封となり、下田は天領(幕府直轄領)となった。その際、下田城は廃城となり、のちに城跡は幕府の御用林となった。現在、城跡は城山公園として整備されている。伊豆急下田駅からバス、下田公園下下車。なお、下田駅とは稲生沢川をはさんだ対岸にある山の中腹に小さな天守閣がある城があり、ガイドブックなどで下田城と紹介されていることもあるが、これは本来の下田城とは関係はなく、美術館として建てられた建物である。◇鵜嶋城ともよばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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