下黒駒村(読み)しもくろこまむら

日本歴史地名大系 「下黒駒村」の解説

下黒駒村
しもくろこまむら

[現在地名]御坂町下黒駒

かね川扇状地の扇頂部に位置し、西は金川原かねがわばら村・井之上いのうえ村・下野原しものはら村。東の上黒駒村から北西行してきた鎌倉街道が金川原村に向かう。古くは上黒駒村とともに黒駒と称したが、慶長検地により二村に分れたと伝えられる。枝郷に若宮わかみやみえ(甲斐国志)

〔黒駒〕

日蓮聖人註画讃」の弘安五年(一二八二)九月一一日の記事に「黒駒」とみえ、日蓮が病気療養のため身延みのぶ山を降りて常陸へ行く途中、甲府盆地から鎌倉街道で御坂峠を越えて黒駒を通っている。「一蓮寺過去帳」文安二年(一四四五)九月一四日供養の弥阿弥陀仏に注記される「黒駒」は当地と考えられる。上黒駒には時宗の二世遊行上人他阿真教が開山したとされる称願しようがん寺があり、享禄二年(一五二九)五月二四日の武田信虎判物(称願寺文書)に「黒駒之称願寺」とみえる。

天正九年(一五八一)には黒駒の新左衛門が岩殿いわどの(現大月市)普請に駆出されている(同年三月二〇日「武田家印判状」大野家文書)。翌一〇年の徳川家康と北条氏直の戦いでは、小田原勢の侵入を防ぐため家康方の先陣をうけたまわった鳥居彦右衛門は当国住人を先に立て黒駒へはせ向かったという(北条記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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