中条精一郎(読み)チュウジョウ セイイチロウ

20世紀日本人名事典 「中条精一郎」の解説

中条 精一郎
チュウジョウ セイイチロウ

明治〜昭和期の建築家



生年
慶応4年4月18日(1868年)

没年
昭和11(1936)年1月30日

出生地
出羽国(山形県)

学歴〔年〕
東京帝大工科大学建築科〔明治31年〕卒

主な受賞名〔年〕
レジオン・ド・ヌール勲章〔昭和4年〕,英国王立建築家協会名誉会員

経歴
明治32年文部省技師となり、札幌農学校図書館などの設計に従事。36年退官して英国のケンブリッジ大学留学、40年帰国。再び文部省技師となったが、翌年辞し、曽祢達蔵と共に曽祢・中条建築事務所を開設。昭和戦前期における民間最大の設計事務所として多くの作品を手がけた。代表的なものに「慶応義塾大学図書館」「東京海上火災ビル」「日本郵船ビル」「岩崎熱海別邸」など、また大正3年辰野金吾らと建築士会を創設、建築士法の制定運動に力を注いだ。日本建築士会会長、国民美術協会会長などを歴任。英国王立建築家協会名誉会員ともなった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中条精一郎」の解説

中条精一郎 ちゅうじょう-せいいちろう

1868-1936 明治-昭和時代前期の建築家。
慶応4年4月18日生まれ。中条政恒長男宮本百合子の父。明治36年ケンブリッジ大に留学。文部省技師をつとめたのち,41年曾禰(そね)達蔵と曾禰中条建築事務所をひらき,東京海上ビル,日本郵船ビル,如水会館などをてがけた。国民美術協会会頭。昭和11年1月30日死去。69歳。出羽(でわ)米沢(山形県)出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「中条精一郎」の解説

中条 精一郎 (ちゅうじょう せいいちろう)

生年月日:1868年4月18日
明治時代-昭和時代の建築家。国民美術協会頭
1936年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android