中毒性腎障害

内科学 第10版 「中毒性腎障害」の解説

中毒性腎障害(腎・尿路系の疾患)

概念
 中毒性腎障害とは,治療や診断用の薬物やサプリメントなど,重金属,放射線といった環境因子ミオグロビンなどの内因性因子などによって生じる腎障害である.このうち,薬物性腎障害が最も頻度が高い(Perazella,2010;Laurenceら,2011;Kellyら,2012).
病態
 この中毒性腎障害の発症・進展の危険因子として3つの要素がある(Perazella,2010).
1)標的臓器としての腎臓:
腎臓が薬物性はじめ中毒性障害としての臓器標的になる理由として,①血流量が多く薬物などの到達量が多いこと,②低酸素環境にあること,③主要排泄臓器であること,④エンドサイトーシスならびにトランスポーターを介した取り込みにより腎臓髄質や間質で濃縮されることなど腎臓の特性が考えられる.
2)患者側の危険因子:
患者の高齢化は重要な要素である.高齢化に伴い,動脈硬化が進行し腎血流量が低下する.さらに,脱水が加わることにより,尿細管での再吸収が増加し濃度が上昇する.腎機能低下例,発熱,食事摂取量低下,複数の医薬品の服用や肝不全などの要素に注意を払う必要がある.薬物アレルギー歴の有無も重要である.なお,腎移植後のカルシニューリン阻害薬による腎障害など女性の頻度が高いものも知られている.
3)障害を起こす薬物の特徴:
同種の薬物であっても電荷により腎障害の頻度が異なる.たとえば,アミノグリコシドはカチオニックであるほど腎障害を起こしやすい.動物実験では,ネオマイシン>ゲンタマイシン>アミカシン・カナマイシンと報告されている.さらに,薬物の組み合わせにより,たとえば,非ステロイド系抗炎症薬と造影剤,シスプラチンとアミノグリコシド,イホスファミドとシスプラチンの組み合わせなどで腎障害が起こりやすくなる.
病態・臨床症状
 薬物による腎障害では糸球体,尿細管・間質,血管(輸出入細動脈)などいずれも障害される.表11-12-1に主たる薬物による腎障害部位と臨床症状を示すが,さまざまな障害パターンをとることが知られている.薬物に加えて,重金属,有機毒,生物毒,放射線,内因性因子などにより腎障害が惹起される.重金属では,カドミウム,鉛,水銀(無機水銀>メチル水銀),ウランなどが知られており,Fanconi症候群尿細管性アシドーシスなどを生じる.有機毒として,除草剤のパラコート,有機溶剤のエチレングリコールなどが知られている.パラコートは近位尿細管障害をきたし,予後を左右する間質性肺炎も生じる.エチレングリコールは代謝性アシドーシス,シュウ酸結晶による尿細管閉塞をきたすことが報告されている.生物毒として,蛇咬傷(ハブ,マムシ)が臨床的に多い.蛇毒,たとえばハブ毒によるメサンギウム融解(mesangiolysis)などの直接の腎障害に加えて,横紋筋融解によるミオグロビン尿症,血管内溶血によるヘモグロビン尿症などによる尿細管障害も生じる. 薬物性腎障害を中心に,代表的な病態と臨床症状を記載する.
1)腎血流量低下に伴う腎障害:
腎前性腎障害は,腎血流量減少や腎血行動態の変化などに伴う糸球体濾過量の低下により生じる.非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)はシクロオキシゲナーゼを阻害し,脱水,血圧低下時など腎血流低下をきたす病態に腎血流量を保つように働く.プロスタグランジン(PG)産生を抑制する.一方,アンジオテンシンⅡ,ノルアドレナリンバソプレシンなど腎血管収縮に関連する物質はPG産生を促し,腎血流量を保つ機構がある.非ステロイド系抗炎症薬によりPG産生が低下することからこの機構が破綻し,腎血流低下,糸球体濾過低下を招く.さらに,アンジオテンシンⅡは輸入細動脈より輸出細動脈を強く収縮させ,糸球体血圧上昇から糸球体濾過を維持する機構がある.ことに腎動脈狭窄や脱水時などアンジオテンシンⅡによる糸球体濾過を維持している場合,レニン-アンジオテンシン系阻害薬によりその作用が遮断されて,急速に腎機能が悪化することがある.また,マイトマイシンシクロスポリンは輸入細動脈や糸球体内皮細胞を傷害し,血栓性微小血管障害,溶血性貧血を生じて,溶血性尿毒症症候群といった病態をきたすことがある.
2)糸球体を傷害し,ネフローゼ/蛋白尿症候群をきたす腎障害:
蛋白尿,ネフローゼ症候群を発症する可能性がある薬物を表11-12-1に示す.腎病理では,糸球体に病変が生じ,微小変化型,膜性腎症,巣状分節性糸球体硬化症などを示す.微小変化型ネフローゼ症候群では,発症が急であり日時が特定されることも多い.一方,膜性腎症では蛋白尿の発症が緩徐であり,数週間から数カ月をかけて症状が進行していることが多い.
3)尿細管・間質の障害を生じる腎障害:
薬物性腎障害において代表的な尿細管障害の腎病理所見は間質性腎炎と急性尿細管壊死である.間質性腎炎は病理組織学的に間質の浮腫や細胞浸潤が主である急性間質性腎炎と間質の線維化,尿細管萎縮を主とする慢性間質性腎炎に分類される.中毒性腎障害としては薬物性が主体であり,放射線,重金属(鉛,水銀,カドミウムなど)なども重要である.尿細管壊死は薬物の直接の毒性による障害が多い.いずれの薬物でも生じうるが,アミノグリコシド,シスプラチン,造影剤など表11-12-1に示す薬物の頻度が高い.
4)電解質や酸塩基平衡の異常:
レニン-アンジオテンシン系阻害薬による高カリウム血症やアシドーシス,利尿薬による低カリウム・ナトリウム血症,甘草(グリチルリチン)による低カリウム血症やアルカローシス,非ステロイド系抗炎症薬による高カリウム血症などの頻度が高い.
診断
 特に内服などを行っている場合,検尿異常,特に蛋白尿の出現・増悪,腎機能の評価を行い,異常や機能低下がみられた際は中毒性腎障害を疑うことがまず肝要である.臨床所見として,腎機能が低下することもあるが,一般的に検尿所見は軽微であり,糸球体腎炎でみられる蛋白尿や血尿は軽度にとどまる.尿沈査では白血球尿や白血球円柱,薬剤性で好酸球尿がみられることがある.その他,アミノ酸尿,尿の濃縮力障害,腎性貧血,代謝性アシドーシス,電解質異常などの尿細管機能異常に基づく症状や検査値異常がみられる.表11-12-1のように,薬物の種類と病態,臨床症状,病歴とを考慮する.中毒性腎障害が考えられるときは,被疑薬を中止し検査値や症状の推移を観察することが診断に重要である.尿量は薬物性腎障害の場合,非乏尿性をとる場合も多く,必ずしも乏尿とはならない.さらに,皮疹,発熱,アレルギー症状を示す場合もあるものの,無症状のことも多い.したがって,多くは検査値異常で発見されることを念頭におき,いずれの薬物でも注意深い経過観察が必要である.さらに,必要に応じ,腎生検にて確定診断を行う.図11-12-1に薬物性急性腎障害の診断チャートを示す.
予防・治療
 中毒性腎障害も予防にまさる治療はない.上述の危険因子がある場合,その因子を認識し,可能な予防策を講じることが重要である.特に高齢者では注意が必要である.基礎疾患を多く有することから,多くの診療科より複数の薬物が投与されることがあり,いっそう中毒性腎障害の危険が高まることを認識することが必要である.また,病診連携・医療連携が進んでおり,他科・他院での臨床内容,処方内容を把握することは,薬物の相互作用を避けるためにも重要である.
 治療として,まず第一に病因の同定が重要である.そのうえで,疑わしい薬物を中止もしくは減量して腎保護療法を行う.副腎皮質ステロイドが使用されることもある.薬剤の組み合わせ,脱水,電解質異常など中毒性腎障害を生じやすい病態を改善するようにつとめる.病態により,吸着療法など血液浄化療法が必要な場合がある.この場合,早期診断に加えて,専門医との診断初期からの連携が重要となる.[和田隆志]
■文献
Kelly CJ, Neilson EG: Tubulointerstitial diseases. In: Brenner & Rector's The Kidney, 9th ed (Taal MW, Chertow GM, et al eds), pp1332-1355, Elsevier, 2011.
Laurence H, Beck Jr, et al: Tubulointerstitial diseases of the kidney. In: Harrison's Principles of Internal Medicine, 18th ed (Longo D, Fauci A, et al eds), pp2367-2374, McGraw-Hill, 2012.
Perazella MA: Toxic nephropathies: core curriculum 2010. Am J Kidney Dis, 55, 399-409, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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