日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミオグロビン」の意味・わかりやすい解説
ミオグロビン
みおぐろびん
myoglobin
哺乳(ほにゅう)類の筋肉細胞内に含まれる赤色のヘムタンパク質で、ヘモグロビンの単量体によく似ている。濃い赤身の牛肉1グラム中に15ミリグラム程度含まれている。分子量は約1万7000で、アミノ酸153個が連なる1本のポリペプチド鎖(グロビン)と二価の鉄1原子を含む1個のプロトヘムからなる。等電点は水素イオン濃度指数(pH)6.9で、ヘモグロビンより水溶性が大きい。
1960年イギリスのケンドルーとペルツがX線結晶解析法によってマッコウクジラのミオグロビンの立体構造を決定した。これがタンパク質の立体構造(三次構造)を解明した最初の例となり、前記の2人は1962年ノーベル化学賞を受賞した。ミオグロビン分子の大きさは45×35×25オングストローム(Å)で、全アミノ酸の77%が八つの部分(A、B、C、D、E、F、G、H)に分かれて安定な棒状のα(アルファ)-ヘリックス構造(ポリペプチド鎖がとりうる安定な螺旋(らせん)構造の一つ)を形成し、7か所の非螺旋部分(NA、AB、CD、EF、FG、GH、HC)で屈曲している。極性のアミノ酸はほとんどが分子表面にあり、非極性あるいは疎水性のものは分子内部に多い。ヘムは疎水性アミノ酸からなるポケットに分子表面に対して直角にはめ込まれており、ヘムの鉄には二つのヒスチジン側鎖が配位して二価鉄の酸化を防いでいる。結合した酸素分子は、これと反対側に配位し、もう一つのヒスチジン側鎖と水素結合をつくる。ヘモグロビンと比べ、酸素に対する親和性が大きく、一酸化炭素に対する親和性は小さい。酸素飽和曲線はヘモグロビンのシグモイド(傾いたS字形)と異なり双曲線で、アロステリック効果(タンパク質分子が一つの低分子との相互作用によって高次構造に変化を生じ、他の分子との相互作用に変化をきたすこと)を示さず、またボーア効果(酸素解離平衡のpH依存性)も示さない。
ミオグロビンの生体内での役割は、ヘモグロビンによって運ばれてきた酸素を筋肉組織中に貯蔵しておくことと考えられている。ヘモグロビンのα鎖やβ(ベータ)鎖と構造が似ているので、共通の祖先遺伝子をもつと考えられるが、これから進化してきたそれぞれ別個の遺伝子に基づいて生合成される。
なお、類似のヘムタンパク質が神経組織、マメ科植物の根粒、ゾウリムシ、酵母などにもあり、組織ヘモグロビンともいう。
[野村晃司]
『Max Perutz著、黒田玲子訳『タンパク質――立体構造と医療への応用』(1995・東京化学同人)』▽『有坂文雄著『スタンダード 生化学』(1996・裳華房)』▽『Robert K. Murray著、上代淑人監訳『ハーパー・生化学』(1997・丸善)』