翻訳|cadmium
周期表第IIB族に属する亜鉛と同族の金属元素。1817年にドイツのシュトロマイヤーF.StromeyerおよびヘルマンK.S.L.Hermannによってほとんど同時に発見された。単一の鉱石として存在することはほとんどない。硫カドミウム鉱greenockite,オタバイトotavite(塩基性炭酸塩鉱物)として少量産出するが,亜鉛鉱石には亜鉛の含有量に対し1/100~1/200程の割合で必ず含まれている。古代ギリシアでは,リョウ亜鉛鉱をカドメイアkadmeiaと呼んでいたが,この中にしばしば含まれるのでカドミウムと名づけられた。カドミウムは亜鉛と比べて揮発しやすいので(真空中1640Kで昇華する)蒸留分離をすることができる。
金属光沢のある銀白色を有し,ナイフで削れる程度の硬さ(モース硬度2.0)である。ひずんだ六方最密格子の結晶構造で,a=2.979Å,c=5.618Å,最密充塡平面内で各カドミウム原子は6個の隣接原子によって正六角形にとり囲まれ(原子間距離2.98Å),またその両隣の平面内にあるそれぞれ3個の隣接原子(原子間距離3.29Å)によっても囲まれている。延性,展性に富む。比抵抗6.83×10⁻3Ω・m(293K),熱伝導率0.22cal/cm・s・deg(293K)。113Cdは熱中性子吸収断面積が2500バーンで非常に大きい。
空気中で強熱すると赤色炎をあげて燃え,褐色の酸化カドミウムCdOを生ずる。不純の酸化亜鉛の着色はこれによる。
空気中では酸化物の被膜におおわれ,腐食しない。冷硫酸にはほとんど侵されないが,他の酸には溶け,とくに濃硫酸に溶けやすい。また硝酸アンモニウム水溶液にも溶ける。化学的性質は亜鉛によく似る。化合物はほとんどが+2価。ハロゲン化物,アンミン錯体等多くの化合物の中でカドミウムは6配位を示す。Cd2⁺の水溶液は無色である。カドミウム塩,カドミウム蒸気は有毒で,吸入したり飲み下したりしないよう注意を要する。
製錬の対象となる原料は亜鉛の製錬の際に生ずる中間産物である。亜鉛の湿式製錬の際には,亜鉛とともに,硫酸によって浸出され,ついで,亜鉛粉末によって置換回収される。この不純物を多量に含む沈殿物は再び硫酸に溶かされ,精製される。乾式製錬の際には,カドミウムの一部は焼結工程で煙灰中に濃縮され,また一部は,還元されて得られる亜鉛中に不純物として入ってくる。亜鉛中のカドミウムは亜鉛の耐食性を悪くするため,ダイカスト用では0.005%以下に決められている。そのため,乾式亜鉛は精留工程にかけられ,カドミウムが分離される。製錬工場での廃液中のカドミウムは環境汚染上の問題となる。排出基準に対する規制は厳しく,ほとんど完全に回収しなければならない。
おもな用途は,鉄製品へのめっき材料,ニッケル-カドミウム電池,CdSe,CdS等の半導体,ウッド合金,はんだ,銀・ニッケル・銅との合金として軸受合金などに用いられる。また硫化カドミウムはカドミウムイェロー,カドミウムレッドとして顔料とされる。
113Cdは熱中性子吸収断面積が大きいことから,原子炉の制御材として使用される。熱外領域の中性子にはほとんど共鳴吸収を示さないこと,使用中に中性子を吸収して断面積の小さい同位体に変わってしまうことなど,単体では理想的な制御材ではないが,安価で加工が容易であることから,単体の形で研究炉に使用されてきた。強度,耐食性の点から制御材として使用するには,必ずアルミニウムなどで被覆する必要がある。動力炉(PWR)では,Ag-In-Cd合金が,各元素の中性子吸収特性を補いあってハフニウムに匹敵する特性を示すものとして,ハフニウムの代替用合金として開発され,使用されている。
執筆者:水町 邦彦+後藤 佐吉+大久保 忠恒
カドミウムおよびその化合物は有害物質であり,それらの蒸気または粉塵(ふんじん)を吸入することによってカドミウム中毒をおこし,カドミウムを取り扱う作業者に咽喉の刺激感,頭痛,めまいに端を発し,嘔吐,呼吸困難,胸痛等の症状を呈する急性中毒,肺気腫,腎機能障害を主要症状とする慢性中毒の発生がみられている。作業者の健康障害を予防するため,作業場内の空気についてカドミウムの許容濃度は0.05mg/m3と定められている。一方,鉱滓や製錬所から排出されたカドミウムが周辺地域の環境を汚染する事例も多く,岐阜県神岡鉱業所から流出したカドミウムが主要な原因となって,神通川流域の住民にイタイイタイ病が多発したことはよく知られている。このことが契機となって,カドミウムによる環境汚染を防止するための規制措置がとられるようになり,工場および事業場から大気中に放出されるカドミウムの排出基準は1mg/m3,人の健康を保護するための水質汚濁に係るカドミウムの環境基準は0.01mg/l以下と定められている。また,その地域において生産された玄米の含有カドミウムの量が1.0mg/kgを超えるか,または超えるおそれのある地域について,農用土壌のカドミウムによる汚染を防止するため,鉱山,製錬所その他から排出される廃水の排出基準は0.1mg/lと定められている。なお,定められた判定基準に適合しないカドミウムまたはその化合物を含む産業廃棄物の運搬,埋立て等の処分および海洋投棄は,禁止または規制される。
執筆者:中島 泰知
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
周期表第12族(亜鉛族元素)に属する元素。1817年ドイツのシュトロマイヤーによって発見された。当時の医薬品である炭酸亜鉛を熱して亜鉛華をつくっているとき、本来無色であるはずの亜鉛華が黄色を呈することから、不純物として含まれていたカドミウムを発見した。このため亜鉛華のギリシア語名kadmeiaからカドミウムと命名された。
[中原勝儼]
天然にはほとんど亜鉛に伴って産し、カドミウム単独の鉱物はきわめてまれである。主として亜鉛製錬の際の副産物として得られる。電解法による亜鉛製錬での沈殿物は、亜鉛のほかにかなりの量の銅を含んでいる。これを硫酸に溶かし、亜鉛を加えて銅を除き、ついで電解してカドミウムを取り出す。また蒸留法による亜鉛製錬での煙灰を酸化焙焼(ばいしょう)し、硫酸に溶かし電解によってカドミウムを取り出す。精製には減圧蒸留する。
[中原勝儼]
青みを帯びた銀白色、光沢のある金属。軟らかく、ナイフで容易に削れる。延性、展性に富み、加工しやすい。水銀とはアマルガムをつくりやすい(100グラムの水銀に18℃で5.17グラム溶ける)。空気中に放置すると表面が酸化されるが、これが保護膜となり内部は侵されない。空気中で強熱すれば赤色の炎と褐色の煙を出して燃えて酸化物CdOとなる。熱すればハロゲンともよく反応するが、水素、窒素、炭素などとは直接反応しない。希硝酸には容易に、熱塩酸には徐々に溶ける。冷硫酸にはほとんど侵されないが、熱硫酸には溶ける。亜鉛と違ってアルカリ水溶液に溶けない。
[中原勝儼]
仕上げ面がきれいで、耐食性がよいので、通信機材料その他のめっきに用いられる。ビスマスに添加して低融点合金、銀、ニッケル、銅などとともに軸受合金に、また、はんだや歯科用アマルガムに用いられる。硫化物はブラウン管の発光体として、また硫化物、ヒ化物などは種々の顔料として用いられる。
[中原勝儼]
カドミウム化合物やカドミウム蒸気は有毒であるから吸入しないようにしなければならない。しかも微量ずつでも体内に蓄積するので注意しなければならない。富山県神通(じんづう)川流域および群馬県安中(あんなか)市でのイタイイタイ病は、亜鉛製錬工場などから排出されたカドミウムの汚染によって生じたものとされている。
[中原勝儼]
『畑明郎著『イタイイタイ病――発生源対策22年のあゆみ』(1994・実教出版)』▽『総合食品安全事典編集委員会編『食品汚染性有害物事典』(1998・産業調査会、産調出版発売)』▽『浅見輝男著『データで示す 日本土壌の有害金属汚染』改訂増補版(2010・アグネ技術センター)』▽『桜井弘編『元素111の新知識――引いて重宝、読んでおもしろい』(講談社・ブルーバックス)』
カドミウム
元素記号 Cd
原子番号 48
原子量 112.41
融点 320.9℃
沸点 765℃
比重 8.65
結晶系 六方
元素存在度 宇宙 2.12(第46位)
(Si106個当りの原子数)
地殻 0.2ppm(第62位)
海水 (/mgL-1)0.00011
Cd.原子番号48の元素.電子配置[Kr]4d105s2の周期表12族典型元素.原子量112.411(8).質量数106(1.25%),108(0.89%),110(12.49%),111(12.80%),112(24.13%),113(12.22%),114(28.73%),116(7.49%)の8種の安定同位体と,95~131に及ぶ多数の放射性同位体が知られている.19世紀初頭,酸化亜鉛鉱は薬剤として用いられていたが,医薬品検査官を兼ねていたゲッチンゲン大学教授のFriedrich Stromeyerが,検査目的でもち込まれた試料を分析して新元素として確認し,1817年に亜鉛鉱物calamineのラテン名cadmiaにちなんでcadmiumと命名した.cadmiaはギリシアの地名καδμεια[kadmeia]に由来する.宇田川榕菴は天保8年(1837年)に出版した「舎密開宗」で,これを音訳して嘉度密烏母(カドミウム)としている.
地殻中の存在度0.098 ppm.亜鉛鉱物,石炭中などに微量含まれる.カドミウムとしての埋蔵量は中国,アメリカ,カナダ,カザフスタンの順であるが,2006年の産出量は中国(4500 t),韓国(2800 t),日本(2400 t)となっている.主原料は,せん亜鉛鉱を原料とする亜鉛精錬の際の亜鉛電解液滓で,硫酸で処理して硫酸カドミウムに変換後,電解採取して蒸留で精製する.青味を帯びた銀白色の金属.六方晶系.構造は六方最密格子.密度8.65 g cm-3(25 ℃).融点320.9 ℃,沸点765 ℃.蒸気密度の測定から,気体では一原子分子.展延性に富む.定圧モル熱容量26.04 J K-1 mol-1(25 ℃).線膨張率//c軸0.526×10-4 K-1.⊥c軸0.214×10-4 K-1(20~100 ℃).熱伝導率96.8 W m-1 K-1(27 ℃).融解熱6.11 kJ mol-1(321 ℃).蒸発熱99.8 kJ mol-1(767 ℃).電気抵抗率6.83×10-6 Ω cm(0 ℃).標準電極電位(Cd2+/Cd)-0.403 V.第一イオン化エネルギー867.6 kJ mol-1(8.993 eV).酸化数2.水銀とアマルガムをつくりやすい.空気中で表面に酸化皮膜を生じ内部は侵されない.加熱すると赤色の炎と褐色の煙を生じ酸化物となる.水素,炭素,窒素とは直接反応しない.ハロゲンとは高温で反応する.希硝酸とは容易に,熱塩酸には徐々に溶ける.
鉄鋼などの腐食を防ぐためのめっき材料として,すぐれた性質をもっている.低融点,摩擦係数の低さなど,特色ある物理化学的性質のため多方面の用途があるが,環境面の問題から使用量は減少しつつある.亜鉛製錬の副産物であるため,亜鉛の生産量が増加するとカドミウム生産量も増加する傾向にある.ニッケル-カドミウム電池用が世界的におもな用途であったが,ニッケル-水素電池,リチウムイオン電池に代替が進みつつある.合金として低融点はんだ,ヒューズ,ベアリング用にも使用されている.原子炉制御棒としても用いられる.硫化物の顔料としての使用は厳しく制限されつつある.EU(欧州連合)が2006年7月1日に施行した有害物質規制RoHS指令によれば,EU内で販売される電気電子機器には,カドミウムの含有は,電気接点,カドミウムめっきなど一部の例外を除いて許されない.ただし,電池にはマーク付けと回収を義務づける電池指令が優先される.毒性が強く,腎臓障害(尿細管機能異常)を起こす.イタイイタイ病は重いカドミウム中毒で,高濃度のカドミウムを長年にわたって摂取した場合に起こる.食品衛生法にもとづく規格基準として,「玄米は,カドミウムを1.0 ppm(1 kg の玄米中に1.0 mg のカドミウム量)以上含んではならない」と定められている.PRTR法・特定第一種指定化学物質として,発がんクラス1(ヒトに対する発がん性あり),経口クラス2(水質基準値0.01 mg L-1 以下),吸入クラス1(大気基準0.001 mg m-3 以下),作業環境クラス1(気体0.1 mg m-3 以下,粒子状物質0.01 mg m-3 以下)の指定を受けている.さらに,水質関係法令では,人の健康にかかわる環境基準0.01 mg L-1 以下,水道水質基準0.01 mg L-1 以下,排水基準0.1 mg L-1 以下などの厳しい基準が定められている.[CAS 7440-43-9]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…全身の激痛を訴えることから,この病名が通称として用いられるようになった。1955年に河野稔らがこの病気を初めて学会に報告し,68年にはこの病気を神通川上流の三井金属鉱業神岡鉱業所より排出されたカドミウムCdに起因する公害病と認めた厚生省見解が発表された。
[症状]
腰痛,下肢筋肉痛などで始まり,股(こ)関節の開排制限,アヒル様歩行などを示す。…
※「カドミウム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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