中沼葵園(読み)なかぬま きえん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中沼葵園 なかぬま-きえん

1816-1896 江戸後期-明治時代の儒者。
文化13年5月6日生まれ。京都鈴木遺音(いおん)にまなぶ。維新では軍事総裁嘉彰(よしあき)親王参謀となる。のち明治天皇の侍講,昌平学校の一等教授となるが,三条実美らと対立して辞職,京都にかえった。明治29年5月1日死去。81歳。隠岐(おき)(島根県)出身。名は之舜。通称は了三。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

中沼葵園

没年:明治29.5.1(1896)
生年:文化13.8.15(1816.9.6)
幕末・明治前期の儒学者。名は之舜,通称了三,葵園は号。隠岐国周吉郡中村(島根県隠岐郡西郷町)で医者中沼養碩,母テツの3男に生まれる。天保6(1835)年京都に出,崎門学派の鈴木遺音に入門。14年京都で学舎を開く。門人には西郷従道,川村純義らがあり,その説くところは大義名分論と尊王論であった。嘉永年間(1848~54)学習院儒官,元治1(1864)年大和十津川に文武館を創設。維新後新政府参与,参謀となり,明治2(1869)年1月明治天皇の侍講となるが,三条実美らと意見対立し,3年12月辞表提出。4年3月愛宕・外山事件への関与を疑われ位記返上,薩摩藩預けとなる。冤罪晴れ帰京するが,神風連の乱(1876)でも疑われる。その後大津にて湖南学舎を開く。<参考文献>中沼郁『もう一つの明治維新』

(沼田哲)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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