二階堂行景(読み)にかいどう・ゆきかげ

朝日日本歴史人物事典 「二階堂行景」の解説

二階堂行景

没年:弘安8.11.17(1285.12.14)
生年:生年不詳
鎌倉幕府引付衆。父は二階堂行氏。母は後藤基綱の娘。相模国懐島郷を領したことから,懐島を称した。建治1(1275)年引付衆。弘安1(1278)年,検非違使六位尉。同3年,隠岐守。同7年,出家して法名を道願。翌8年11月の霜月騒動で誅殺された。<参考文献>『鎌倉年代記』『二階堂文書』

(永井晋)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「二階堂行景」の解説

二階堂行景 にかいどう-ゆきかげ

1242-1285 鎌倉時代武士
仁治(にんじ)3年生まれ。二階堂行氏の子。建治(けんじ)元年(1275)鎌倉幕府の引付衆となる。安達泰盛一族がほろぼされた霜月(しもつき)騒動で,弘安(こうあん)8年11月17日殺された。44歳。一説享年は34歳とも。法名は道願。

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