五反田支石墓(読み)ごたんだしせきぼ

日本歴史地名大系 「五反田支石墓」の解説

五反田支石墓
ごたんだしせきぼ

[現在地名]浜玉町大字五反田

中世に草野氏の居城のあった城(じよう)山の南麓緩斜面にある。石下に内蔵されていた甕棺や坩が板付式のものであるところから弥生前期のものと推定される。昭和二九年(一九五四)発見され、調査の結果支石墓群である確証を得た。計六基の内部主体は五基が土壙墓、一基が合口甕棺であり、このうち調査されたものは四基である(「佐賀県文化財調査報告書」第四輯・昭和三〇年一月)。

支石墓群はもと地表にあったが、しだいに土砂に覆われ、発見した時には、地表下四〇―九〇センチの深さにあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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