井伊道政(読み)いい みちまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「井伊道政」の解説

井伊道政 いい-みちまさ

1309-1404 南北朝-室町時代武将
延慶(えんきょう)2年生まれ。井伊高顕(たかあき)の父。遠江(とおとうみ)(静岡県)井伊谷(いいのや)城主南朝方に属し,宗良(むねよし)親王三岳(みたけ)城にむかえいれる。高師泰(こうの-もろやす),仁木義長(にき-よしなが)らの北朝軍に攻撃され,暦応(りゃくおう)3=興国元年(1340)城をおとされ,宗良親王信濃(しなの)にのがれた。南北朝合体後も足利氏に屈しなかったという。応永11年死去。96歳。伝承上の人物ともみられる。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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