インノケンチウス7世(読み)インノケンチウスななせい(その他表記)Innocentius VII

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「インノケンチウス7世」の意味・わかりやすい解説

インノケンチウス7世
インノケンチウスななせい
Innocentius VII

[生]1336. シチリア王国スルモナ
[没]1406.11.6. ローマ
シチリア出身の第204代教皇在位 1404~06)。本名 Cosimo de' Migliorati。在位中はカトリック教会大分裂の時代だった。ラベンナの大司教などを経て,1389年に枢機卿(→カーディナル)に叙階され,1404年10月に教皇に登位した。登位に際してローマで反対運動が起こり,激しい衝突に発展したが,ナポリ王ラディスラオ(在位 1386~1414)がローマへ赴いて教皇の世俗的な権威に対抗する革命派を弾圧した。同 1404年,甥で枢機卿のルドビコ・デ・ミリョラーチが,ラディスラオにより鎮圧された反乱の指導者を殺害したため,ローマ市民が再び暴動を起こし,1405年8月,ビテルボに逃亡せざるを得なくなった。1406年3月にローマへ戻ったが,ローマ大学再興に取り組むさなか死去した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む