亨徳寺(読み)こうとくじ

日本歴史地名大系 「亨徳寺」の解説

亨徳寺
こうとくじ

[現在地名]萩市大字北古萩町

道路を隔てて東は保福(ほうふく)寺地蔵堂、南は海潮(かいちよう)寺、西隣は本行(ほんぎよう)寺。本堂・寺門ともに南面する。曹洞宗。吉運山と号し、本尊は釈迦如来。

寺伝によれば、享徳元年(一四五二)の開創で初め真言宗に属し、江向の田中(えむかいのたなか)荒神社跡にあったという。元亀年間(一五七〇―七三)天雄賢策を開山として曹洞宗に転じ、海潮寺の南に移転。慶安二年(一六四九)全焼、承応元年(一六五二)現在地に移り再建。大正一〇年(一九二一)焼失し再建されたが、この時火災を免れた三門(市指定有形文化財)は元禄八年(一六九五)浜崎(はまさき)の藩御用達商山県家の寄進(山県家文書)で、上梁銘によると楼門に盧遮那仏・文殊・普賢・十六羅漢の像を安置していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む