人返（読み）ひとがえし

精選版 日本国語大辞典

ひと‐がえし ‥がへし【人返】

〘名〙

① 領主が領民の自由に他領に移住して奉公するのを防止するため、勝手に他領で奉公する者を、そこの領主に交渉して召還すること。

※梅津政景日記‐慶長一七年（1612）八月一二日「越後よりの人返し之儀付て、差越候飛脚罷帰候」

② 江戸後期、幕府が江戸・大坂などの大都市に集中した移住者を帰郷させたこと。都市の人口過剰を打破し、あわせて農村の荒廃を防止する目的で行なわれた。寛政二年（一七九〇）一一月には、帰農者に手当などが支給され、また天保一四年（一八四三）三月には、厳しい人別改令が発せられた。

出典　精選版 日本国語大辞典

日本大百科全書(ニッポニカ)

人返
ひとがえし

「人返」の語には日本史上、時代・内容の異なる二義が存する。第一には、領主の支配下にあった百姓(ひゃくしょう)や下人(げにん)が他領へ欠落(かけおち)・逃散(ちょうさん)した場合に、領主間で交渉を行い、もとの領主が逃亡者を召還することをいう。この規定は、中世後期の南北朝・室町・戦国の各時代、在地領主層が結んだ一揆契状(いっきけいじょう)にみられる。第二には、江戸時代後期に江戸などの都市へ集中した人口を減少させようという幕府の政策を意味する。享保(きょうほう)年間（1716～36）以降、困窮した農民は農村から都市へ流入して細民層を形成し、その有様は荻生徂徠(おぎゅうそらい)が「江戸は諸国の掃溜(はきだめ)」（『政談』）と評するほどであった。その結果人口の増大した都市の治安が混乱し、人口の減少した農村の荒廃が深刻化した。そこで幕府では、1790年（寛政2）11月に松平定信(さだのぶ)が、1843年（天保14）3月に水野忠邦(ただくに)がそれぞれ人返令（旧里帰農令）を発して帰村・帰農を奨励・強制し、都市人口の減少を図ったのである。しかしその効果は一時的なものに終わった。

［馬場　章］

出典　小学館　日本大百科全書(ニッポニカ)