仁科盛信(読み)にしな もりのぶ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「仁科盛信」の解説

仁科盛信 にしな-もりのぶ

?-1582 戦国-織豊時代武将
武田信玄の5男。永禄(えいろく)4年仁科家にはいる。信玄死後,兄の武田勝頼をたすけて信濃(しなの)(長野県)高遠(たかとお)城をまもる。織田軍の攻撃をうけ,天正(てんしょう)10年3月2日戦死した。通称五郎

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世界大百科事典(旧版)内の仁科盛信の言及

【仁科氏】より

…平安末期から戦国時代にかけて,信濃国安曇郡仁科御厨(現,大町市)を中心とした地域を根拠とした武士の一族。出自は平氏とするのが一般的であるが,ほかにもいくつかの説がある。信濃土着の時期については不明であるが,治承・寿永の内乱に際して,太郎盛弘,次郎盛家らが木曾義仲の軍に従っており,この時期には信濃に土着していたことが知れる。盛家の子盛遠は後鳥羽院に仕え,1221年(承久3)承久の乱に京方として参戦し戦死した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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