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仁科盛信 にしな もりのぶ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

仁科盛信 にしな-もりのぶ

?-1582 戦国-織豊時代の武将。
武田信玄の5男。永禄(えいろく)4年仁科家にはいる。信玄の死後,兄の武田勝頼をたすけて信濃(しなの)(長野県)高遠(たかとお)城をまもる。織田軍の攻撃をうけ,天正(てんしょう)10年3月2日戦死した。通称は五郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

仁科盛信

没年:天正10.3.11(1582.4.3)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。武田信玄の5男。母は油川信恵の娘。長く信濃の仁科荘(長野県大町市)を中心に繁栄してきた仁科氏が武田氏に滅ぼされて断絶したのち,その名跡を継いだ。信玄の死後,兄の武田勝頼をよく助け,織田信長の武田攻撃が予想されるなか,天正9(1581)年上伊那郡の高遠城主となる。翌年,織田・徳川の連合軍が勝頼を攻めた際,唯一頑強な抵抗を示したのが高遠城であった。2月末,織田信忠の軍勢に包囲攻撃され,奮戦の末,城兵と共に壮烈な討ち死にを遂げた。<参考文献>太田牛一『信長公記』,『高遠記集成』,北島藤次郎『仁科五郎盛信』

(笹本正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の仁科盛信の言及

【仁科氏】より

…平安末期から戦国時代にかけて,信濃国安曇郡仁科御厨(現,大町市)を中心とした地域を根拠とした武士の一族。出自は平氏とするのが一般的であるが,ほかにもいくつかの説がある。信濃土着の時期については不明であるが,治承・寿永の内乱に際して,太郎盛弘,次郎盛家らが木曾義仲の軍に従っており,この時期には信濃に土着していたことが知れる。盛家の子盛遠は後鳥羽院に仕え,1221年(承久3)承久の乱に京方として参戦し戦死した。…

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