コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

今出川兼季 いまでがわ かねすえ

2件 の用語解説(今出川兼季の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

今出川兼季 いまでがわ-かねすえ

1281-1339 鎌倉-南北朝時代の公卿(くぎょう)。
弘安(こうあん)4年生まれ。西園寺実兼の4男。今出川(菊亭)家の祖。元亨(げんこう)2年右大臣,元徳元年従一位。正慶(しょうきょう)元=元弘(げんこう)2年光厳(こうごん)天皇の即位のためにはたらき太政大臣となるが,翌年建武(けんむ)新政権によってその昇任をとりけされた。暦応(りゃくおう)2=延元4年1月16日死去。59歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

今出川兼季

没年:暦応2/延元4.1.16(1339.2.25)
生年:弘安4(1281)
鎌倉末・南北朝期の公卿。父は太政大臣西園寺実兼。兄に西園寺公衡がいる。侍従,左少将,参議などを歴任し,元亨2(1322)年右大臣。北朝の光厳天皇擁立に関与し,正慶1/元弘2(1332)年に太政大臣となったが,建武新政の発足により,この任官は取り消されて前右大臣とされた。暦応1/延元3(1338)年出家,法名覚静。兼季は父実兼の命で兄今出川公顕の嗣子となったため家号を今出川と称し,今出川家の祖となった。邸内に菊を多く植えたことから菊亭入道,菊亭右大臣と称され,のちに今出川家も菊亭を家号とする。

(小森正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の今出川兼季の言及

【今出川家】より

…藤原氏北家閑院流西園寺家の庶流。家格は清華。家業は琵琶。ふつう太政大臣従一位西園寺実兼四男兼季を始祖とするが,1317年(文保1)実兼置文(《管見記》所収)に,兼季を兄公顕の嫡子とし,公顕の子実顕を兼季の子とし,公顕・兼季兄弟2流を縮めて1流とせよ,とあるから公顕を始祖とすべきか。しかし実顕は兼季より先に死し,その子公冬が南朝に候したので,兼季の子孫が家を継承したため,兼季を始祖とするに至ったのであろう。…

※「今出川兼季」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

今出川兼季の関連キーワード太政大臣久我長通西園寺公重西園寺公相西園寺公名西園寺実材母三条公房三条実冬鷹司兼輔源基具

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone