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今治城 いまばりじょう

日本の城がわかる事典の解説

いまばりじょう【今治城】

愛媛県今治市通町にあった平城(ひらじろ)。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。三重の堀に海水を引き入れ、海から直接、船が堀に入れる海城(うみじろ)の機能ももっていた。関ヶ原の戦いの戦功により、藤堂高虎は伊予国の西半分の領主となり、1602年(慶長7)に海陸の要衝の今治に築城を開始、1604年(慶長9)に完成させた。1608年(慶長13)、高虎は伊勢の津に転封するが、今治は飛び地として残り、養子の藤堂高吉を城代として入城させた。この時、今治城の5層の天守は丹波亀山城(京都府亀岡市)に移築されたと伝わる。1635年(寛永12)藤堂氏に替わって、松平(久松)氏が今治藩主となり、明治維新まで230年間居城とした。明治時代の廃城令により、ほとんどの建築物が取り壊され、現在、城跡は吹揚公園(ふきあげこうえん)となり、石垣や内堀などが現存する。また、コンクリート造りの模擬天守のほか、二の丸に山里櫓(やまざとやぐら)、山里門などが復元されている。JR予讃本線今治駅から徒歩15分。◇吹上城(ふきあげじょう)、吹揚城(ふきあげじょう)ともいう。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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