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伊利可汗 いりかがん Yi-li Ke-han; I-li K`o-han; Ilig Qaghan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伊利可汗
いりかがん
Yi-li Ke-han; I-li K`o-han; Ilig Qaghan

[生]?
[没]553
突厥の初代カガン (在位 552~553) 。国を保有したカガンの意。また突厥碑文にはブミン・カガンとみえる。本名は土門 (テュミン。「万人の長」の意) 。アルタイ山脈の南西麓で柔然に服属していたが,その方面の鉄勒諸部族を征服して,次第に強大になり,551年に西魏に使者を送り交易を行なった。

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世界大百科事典内の伊利可汗の言及

【突厥】より

…その下に小可汗(小ハガン),葉護(ヤブグ)などの諸侯がいて,支配階層を形成した。アルタイ山脈の南西麓にいた阿史那氏の族長土門(チュメンTümän)はジュンガリアの鉄勒諸部を服属させたのち,552年に柔然を倒して伊利(イルリグIllig)可汗(ブミンBumïn可汗)と称し,モンゴリアの遊牧騎馬民を統合する一方,弟の室点蜜(しつてんみつ)(イステミIstämi可汗,ビザンティン史料のシルジブロスSilziboulosまたはディザブロスDizaboulos)は,エフタルを滅ぼして(567)ソグディアナを手中にし,天山山脈中のユルドゥズ渓谷を本拠とする西面可汗として中央アジアを掌握した。土門の子,木杆(ムカン)可汗のとき柔然を滅亡させ(555),ついで吐谷渾(とよくこん),契丹,キルギスを併せ,ユチュケン山を本拠として発展をとげた。…

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