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伊東祐時 いとう すけとき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊東祐時 いとう-すけとき

1185-1252 鎌倉時代の武将。
文治(ぶんじ)元年生まれ。工藤祐経(すけつね)の長男。幼少より源頼朝につかえ,建久4年9歳の時,曾我(そが)兄弟に父を討たれる。成人して源実朝(さねとも),九条頼経(よりつね)につかえた。嘉禎(かてい)元年検非違使(けびいし)左衛門尉,大和守。建長4年6月17日死去。68歳。伊豆(いず)(静岡県)出身。幼名は犬房丸。通称は三郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

伊東祐時

没年:建長4(1252)
生年:文治1(1185)
鎌倉前期の武士。曾我兄弟に討たれた工藤祐経の子。幼名犬房丸。従五位下,検非違使左衛門尉,大和守。父の討たれたときは9歳。成人してから源実朝,藤原頼経に近侍し信任された。

(飯沼賢司)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の伊東祐時の言及

【伊東氏】より

…著名なものに江戸時代の日向国飫肥(おび)藩主がある。1197年(建久8)の《日向国図田帳》に宇佐宮領県庄,富田庄,田島庄,諸県庄約750丁の地頭として故勲藤原衛門尉とあるのは工藤祐経の遺子伊東祐時のことと思われる。その後祐光―祐宗―貞祐―祐持と相伝,祐持は1335年(建武2)足利尊氏に属して児湯郡都於郡(とのこおり)300丁の地を与えられ,日向国に下向,同地を拠点として室町末期まで同国内に勢威をはった。…

※「伊東祐時」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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