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伊藤単朴 いとう たんぼく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊藤単朴 いとう-たんぼく

1680-1758 江戸時代中期の戯作(げさく)者。
延宝8年生まれ。江戸石町にすみ,のち武蔵(むさし)青柳村(東京都)で医業をいとなむ。静観房好阿(じょうかんぼう-こうあ)と交遊し,「教訓雑長持」「銭湯新話」などの談義本をあらわした。宝暦8年8月4日死去。79歳。通称は半右衛門。別号に青柳散人,売炭翁,山洞。
【格言など】物は郷を離れて貴く,人は郷を離れて賤し(「教訓雑長持」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

伊藤単朴

没年:宝暦8.8.4(1758.9.5)
生年:延宝8(1680)
江戸時代の談義本作者。本名は伊藤半右衛門。江戸石町の商家に生まれ,若年時は俳諧をやり,其角門で山洞と号したらしい。正徳年中(1711~16)に八王子の近辺青柳村に閑居,医を業とした。寛延3(1750)年にはすでに,当時江戸向島牛島辺に住む,狭義の談義本の開祖静観房好阿と知己だったらしい。宝暦2(1752)年,好阿の『当世下手談義』と同年に,若干遅れて『教訓雑長持』を刊行。その他にも『銭湯新話』などを著し,合わせて5部の談義本を刊行する。好阿と並んで狭義の談義本を切り拓き,そのスタイルを定めた。

(樫澤葉子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の伊藤単朴の言及

【浮世風呂】より

…男湯と女湯に分け,各編の季節に変化をもたせている。作者は咄家(はなしか)三笑亭可楽の銭湯の落語にヒントを得て執筆したと言っているが,前編は伊藤単朴作の教訓的滑稽本《銭湯新話》(1754)と,山東京伝作の黄表紙《賢愚湊(けんぐいりこみ)銭湯新話》(1802)の影響が大きい。落語の話芸と洒落本以来の描写の技術を吸収して,徹底した平面描写で類型的な江戸の庶民像を描いている。…

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