水稲の作付けを行わない水田。わが国では昭和40年代に米が過剰となり、その対策として1970年(昭和45)から米の生産調整が始まり、イネの作付けを休む水田が増えた。調整開始時には米作を休む農家に補助金が出たため、休耕田は26万ヘクタールに及んだ。その後、休耕田でのイネ以外の作物への転作が奨励され、休耕田への補助金は1973年で打ち切られたため、多くの休耕田が稲作に復帰した。その後ふたたび昭和50年代に第二次の生産調整が始まり、1982年に休閑した水田は約66万ヘクタール、全水田面積の約22%に及んだ。生産性の悪い山間部の小さな水田などでは、転作も行われないまま放置されるものもあり、その結果、耕土や用水路、周辺施設が荒れて、水田への回復が困難な廃田となっている所もある。
[星川清親]
その後も政府による米の生産調整は継続、2007年(平成19)からは農業者・農業者団体(農業協同組合など)による自主的な生産調整となったが、水田の面積は減少している。2005年『農業センサス』では、水田総面積の25%にあたる51万ヘクタールの水田で稲作が行われなかった。
[編集部]
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...