日本歴史地名大系 「住山村」の解説 住山村すみやまむら 三重県:亀山市住山村[現在地名]亀山市住山町亀山城下北西部の山間地に立地し、亀田(かめだ)村の西に接する。村の南は椋(むく)川が深い渓谷を刻み、地形は起伏に富む。中世は関谷(せきだに)二四郷の一に数えられ(九九五集)、村の名を称した住山氏が居住、「住山堡 按、住山甚左衛門居守」(三国地志)とある。関氏の移封以後、近世初期の帰属は明らかでないが、寛永一三年(一六三六)以後亀山藩領。翌一四年の内検地では田畑合せて三七町余が記録され、村高は四八八石余。「亀山御領分雑記」によれば茶桑銭二貫余、藪年貢七一三文、九ヵ所七町余の新開林運上銀(一反につき二匁三分余)などの小物成や伝馬宿入用銭・縄代・糠藁代などの高掛物を負担した。 住山村すみやまむら 兵庫県:篠山市旧丹南町地区住山村[現在地名]篠山市住山不来坂(このさか)村の北に位置し、北に高仙寺(こうせんじ)山・白髪(しらが)岳があり、武庫(むこ)川支流の天神(てんじん)川が流れる。地内の集(つどい)ノ坪(つぼ)で源義経の軍勢が態勢を整えたと伝える。不来坂村から分立したという。正保郷帳に住山村とみえ、田高三〇石余・畠高一八石。元禄郷帳に記載はない。「丹波志」では酒井(さかい)庄のうちで、不来坂村枝郷とあり、高一四九石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by