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佐伯全成 さえきの またなり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐伯全成 さえきの-またなり

?-757 奈良時代の官吏。
陸奥介(むつのすけ)から陸奥守(かみ)となり,陸奥鎮守副将軍をかねた。藤原仲麻呂をのぞこうとした橘奈良麻呂(たちばなの-ならまろ)の謀反が発覚すると,旧交のあった全成も尋問をうけ,謀反への誘いをことわった旨をのべたのち,天平勝宝(てんぴょうしょうほう)9年7月自殺した。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

佐伯全成

没年:天平宝字1.7.4(757.7.24)
生年:生年不詳
奈良時代の官人。姓は宿禰。東大寺大仏に塗る黄金を貢上したことにより,天平勝宝1(749)年閏5月に陸奥国司らが叙位されたとき,陸奥介として従五位上に昇り,同4年4月の大仏開眼会では,旧来の軍事氏族の一員として,大伴伯麻呂と共に久米舞の舞頭を務めた。翌月陸奥守となり,さらに天平宝字1(757)年6月陸奥鎮守副将軍を兼ねた。しかしまもなく,橘奈良麻呂の謀反が露見し,全成も尋問を受け,奈良麻呂から幾度か誘いを受けたが拒否したと答え,供述ののち自殺した。天平勝宝7年に奈良麻呂の父諸兄の謀反のようすが露わになった際も関与を疑われたが,光明皇太后のとりなしで事なきをえた。

(館野和己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

さえきのまたなり【佐伯全成】

?‐757(天平宝字1)
奈良時代の官人。系譜不詳。749年(天平勝宝1)陸奥介在任時に,産金の功により叙位,753年陸奥守となり,757年には陸奥鎮守副将軍を兼ねるなど,陸奥国との関係が密接であった。また752年の東大寺大仏開眼会には,大伴伯麻呂(おじまろ)とともに大伴・佐伯両氏の伝統に従って久米舞の舞頭を奉仕している。757年7月に,光明皇太后,藤原仲麻呂の政権打倒をはかる橘奈良麻呂の変がおこるが,全成はかねて橘諸兄・奈良麻呂父子と交渉があり,745年(天平17)以来,大伴・佐伯両氏の武力に頼ろうとする奈良麻呂から,再三にわたり陰謀への参加を働きかけられた。

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世界大百科事典内の佐伯全成の言及

【佐伯氏】より

…宮城警衛の任にあたる五衛府の督・佐となる者も多く,律令官人として行政面に活躍する者もあった。しかし8世紀の後半になると,757年(天平宝字1)の橘奈良麻呂の変に陸奥守佐伯全成(またなり)が連座して自殺し,785年(延暦4)の藤原種継の暗殺事件にも関与するなど,大伴氏などと結んで藤原氏の政権に対して武力による転覆を企てることがしばしばあり,ために佐伯氏はかえってその政治上の地位を失った。9世紀には武門としての伝統も衰退し,しだいに上級官人層からは脱落した。…

※「佐伯全成」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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