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佐伯定胤 さえき じょういん

美術人名辞典の解説

佐伯定胤

法相宗管長。法隆寺百三世。奈良県生。6才で法隆寺に入り京都泉涌寺で仏教学を修める。大僧正に昇り、法隆寺住職として40余年、その間管長となる。新たに同寺を本山に聖徳宗を開く。学士院会員。昭和27年(1952)寂、85才。

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デジタル大辞泉の解説

さえき‐じょういん〔さへきヂヤウイン〕【佐伯定胤】

[1867~1952]僧。奈良の生まれ。法隆寺住職。法相宗管長をしたが、のち、法隆寺を法相宗から分離し聖徳宗の本山とした。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐伯定胤 さえき-じょういん

1867-1952 明治-昭和時代の僧,仏教学者。
慶応3年6月25日生まれ。佐伯旭雅(きょくが)に仏教学をまなぶ。明治26年法隆寺に勧学院を再興し,同院院長。36年法隆寺住職,法相(ほっそう)宗管長となる。昭和25年聖徳(しょうとく)宗をひらき,法隆寺を本山とした。また東京帝大,京都帝大で唯識学をおしえた。昭和27年11月23日死去。85歳。大和(奈良県)出身。号は覚円房。著作に「新導成唯識論」など。

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大辞林 第三版の解説

さえきじょういん【佐伯定胤】

1867~1952) 僧。法隆寺住職。奈良県生まれ。法隆寺に勧学院を再興。法相宗管長、大僧正。のち同寺を法相宗から分離して聖徳宗の本山とした。

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