朝日日本歴史人物事典 「佚斎樗山」の解説
佚斎樗山
生年:万治2.3.27(1659.5.18)
江戸時代の談義本作者。本名は丹羽十郎右衛門忠明。父定信の代より下総国関宿藩の久世家に仕える。享保12(1727)年刊の『田舎荘子』をはじめ,『河伯井蛙文談』『再来田舎一休』など,いわゆる「樗山七部の書」を著す。『田舎荘子』は,動物などの対話という形式を用いるなど,荘子の三言(寓言,重言,卮言)を表現方法とし,以後の老荘思想流行の端緒となる。京都の増穂残口と並び,広義の談義本の祖とされる。また,熊沢蕃山の影響も指摘されている。
(樫澤葉子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報