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佩文斎書画譜 はいぶんさいしょがふPei-wen-zhai-shu-hua-pu

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

佩文斎書画譜
はいぶんさいしょがふ
Pei-wen-zhai-shu-hua-pu

中国の書画に関する文献を集成したもの。 100巻。孫岳頒,王原祁 (→四王呉 惲 ) らが勅命によって清の康煕 44 (1705) 年から3年間を費やして完成。古代から明代末までの書画に関する文献を書論,画論,書家伝,画家伝などの条目別に 1844種の文献から抜き出している。

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世界大百科事典 第2版の解説

はいぶんさいしょがふ【佩文斎書画譜 Pèi wén zhāi shū huà pǔ】

中国,清の康熙帝勅撰の書画文献集成。主編者は孫岳頒だが実際の責任者は王原祁(おうげんき)。〈佩文〉は康熙帝の書斎名である。100巻。古代から明末までの1844種の書物から,書画関係の記事を網羅的に集め,歴代の書画論,書家と画家の伝記,書画跋(ばつ),弁証(鑑定と考証),鑑蔵(収蔵)などに項目を分けて記載する。出典を明記し,各記事は時代順に配列する。現在は失われた文献の引用もあり便利だが,誤謬や節略も少なくない

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世界大百科事典内の佩文斎書画譜の言及

【画論】より

…この説はひじょうに流行し,以後の画論はことごとくこれを踏襲し,倣古形式主義を醸成したが,石濤《苦瓜和尚画語録》はこれを批判し,逆に独創を主張した。ほかに画譜の集大成として清初の《芥子園(かいしえん)画伝》があり,画論,画史の集大成として,康熙帝勅撰の《佩文斎(はいぶんさい)書画譜》がある。【曾布川 寛】
[日本]
 日本における画論は,近世になるまで,本格的なものは見られない。…

【書論】より

…中国において,書の理論,さらには書に関する学問全般をさしていう。1707年(康熙46)に成った《佩文斎(はいぶんさい)書画譜》は,歴代の書論を集成するに当たって,書体,書法(書の技法),書学(書の理論的研究),書品(書の品第)の4部門に分かち,さらに書家伝,書跋,書弁証(著名な碑法帖に関する考証的な研究),歴代鑑蔵(書の鑑識と収蔵に関する文献)の4項目を付している。また近人余紹宋の《書画書録解題》は,書に関する著述を,史伝,作法,論述,品藻,題賛,著録,雑識,叢輯,偽託,散佚,未見に分類している。…

【清代美術】より

…次に乾隆年間を帖学後期とする。康熙帝勅撰による歴代書画の文献の集大成した《佩文斎(はいぶんさい)書画譜》,乾隆帝勅撰の内府所蔵の名跡を選んで上石した《三希堂法帖》《淳化閣帖》に考証,釈文を加えた《欽定重刻淳化閣帖》などにより帖学の学問的基礎が成立し,帖学の隆盛期を迎えるに至った。張照,王文治,梁同書らがこの時期の代表的書人であり,なかでも劉墉(りゆうよう)は渾厚な風格を備えた名家として尊ばれる。…

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