絵画に関する議論を総称していい,理論,画法,品等について述べたもののほか,題識,画史,伝記をも含む。
その起源は,春秋戦国時代の《論語》《韓非子》などにさかのぼり,漢代にも断片的な文章が諸書に散見される。しかし本格的に始まるのは六朝以後であり,現存するまとまった著作としては,東晋の顧愷之(こがいし)の《論画》《魏晋勝流画賛》《画雲台山記》が最も古い。六朝時代にはこのほか,宗炳《画山水叙》,王微《叙画》,孫暢之(そんちようし)《述画記》,謝赫(しやかく)《古画品録》,姚最(ようさい)《続画品》などがある。すでに山水画論が出現したことも注目されるが,この時代の特色は,画家や作品をもっぱら品等によって論評したことである。《古画品録》はその典型であり,陸探微以下27人の画家が六品に品等分けして述べられる。この方法は鍾嶸(しようこう)《詩品》などの詩論,虞龢(ぐわ)《論書表》などの書論にもみられ,当時の貴族の間で盛行した人物批評の影響を受けている。《古画品録》はまた絵画の基本原理として六法(気韻生動・骨法用筆・応物象形・随類賦彩・経営位置・伝移模写)を提起し,特に第一の気韻生動は,後世画論のつねに中心的テーマであった。
唐代は,初期に李嗣真《続画品録》,張懐瓘《画断》などが著され,六朝に引き続いて優劣を問題とした《画断》は顧愷之を頂点に,神・妙・能の三品に分けたが,後期の朱景玄《唐朝名画録》に至ると,時流を反映し,常法にこだわらない逸品をこれに加えた。また張彦遠《歴代名画記》は,画史の最初の正史として,これまでの絵画史を時代順に系統的にまとめるとともに,唐の呉道玄を最も高く評価し,意気もしくは生気の芸術論を展開した。五代,宋代は,郭若虚《図画見聞誌》,鄧椿《画継》が,《歴代名画記》の後をうけ,輝かしい一時期を画した当代の絵画を記述するほか,劉道醇《五代名画補遺》《聖朝名画評》も部門別に品評する。山水画論には荆浩《筆法記》,郭煕《林泉高致》があり,前者は形似に対する真を取り上げ,画とは何かを問い,後者は自然に忠実な〈写真〉主義のうえに,さらに士大夫社会においてあるべき理論の山水を述べる。また蘇軾(そしよく)は文人として詩画一致を説き,米芾(べいふつ)は董源礼賛にみられるように,江南画を主張し,ともにきたるべき文人画の先駆けをなした。
元・明・清は,夏文彦《図絵宝鑑》,姜(きよう)紹書《無声詩史》,張庚《国朝画徴録》が編年体で画史を記す。この時代はおおむね文人画主流の時代であり,文人画論は,銭選の隷体論,倪瓚(げいさん)の逸筆草草論,何良俊の利家・行家論を経て,明末の莫是竜・董其昌の南北宗論に至り極まった。南北宗論は,中国絵画を南宗と北宗に分け,南宗の正統性を論じたが,南宗はまた文人画でもあった。この説はひじょうに流行し,以後の画論はことごとくこれを踏襲し,倣古形式主義を醸成したが,石濤《苦瓜和尚画語録》はこれを批判し,逆に独創を主張した。ほかに画譜の集大成として清初の《芥子園(かいしえん)画伝》があり,画論,画史の集大成として,康煕帝勅撰の《佩文斎(はいぶんさい)書画譜》がある。
執筆者:曾布川 寛
日本における画論は,近世になるまで,本格的なものは見られない。断片的なものとしては,《源氏物語》帚木の巻や《古今著聞集》巻十一の画図の条の巻頭などに簡単な絵画観が述べられており,五山の禅僧の詩文集や《君台観左右帳記》には,《図絵宝鑑》などからの引用が見られる。16世紀末の《等伯画説》に筆録された長谷川等伯の宋元画観は,近世における画論の最初としての意義を持つ。
17世紀に入ると,中国から新たにもたらされた画論の刺激や,画壇における流派の固定化とそれにともなう過去の伝統回顧の気運を背景に,画論・画史の作成が狩野派,土佐派の画家によって行われた。狩野一渓(1599-1662)の《後素集》(1623)は,中国画論や画題の簡略な紹介であり,同じく一渓の《丹青若木集》は,慶安~承応(1648-55)の間の成立とされ,室町時代以降の153名の日本画家の略伝に短評を加えて,日本画家伝の最初とされるが,同じころ狩野素川(1607-58)も《図絵宝鑑》と題する,より詳細な日本画家伝を編んだことが知られている。また《画工便覧》(1673ころ)は,《丹青若木集》の増補版というべき性質のものである。これらに続いて,狩野永納が編んだ《本朝画史》は,史観をともなった本格的な日本絵画論・絵画史として画期的なものである。狩野安信の《画道要訣》(1680),土佐光起の《本朝画法大伝》(1690)は,ともに秘伝として門人に与えられたものであり,内容には宋・元の諸画論の巧みな翻案が見られる。
以上のような狩野・土佐派による初期画論に続いて,18世紀になると,浮世絵や文人画,洋風画などの新興画派擁護の立場にもとづく正論もあらわれ,多彩な様相を呈する。西川祐信の《画法彩色法》(1742年刊の《絵本倭比事(わびごと)》所載)には,やまと絵の長所を継承する浮世絵師としての自覚がみられる。桑山玉洲の《玉洲画趣》(1790),《絵事鄙言(ひげん)》(1799)は日本南画を正当づけるため,中国南宗画・文人画の理論を独創的に解釈したものとして注目される。佐竹曙山の《画法綱領》(1778),司馬江漢の《西洋画談》(1799)は,西洋絵画の写実手法を実用性という観点から評価している。円満院門主祐常(1723-73)の覚書《万誌》や円山応挙の門人奥文鳴の《仙斎円山先生伝》(1801)に記された応挙の言説は,彼の写生主義理論を知る上で重要である。
19世紀初から幕末にかけての時期には,南画家による画論が盛んに行われた。中林竹洞の《画道金剛杵(こんごうしよ)》(1801),《竹洞画論》(1802)は,中国南宗画を至上とする立場から,洋風画や円山四条派を痛罵している。田能村竹田の《山中人饒舌》(1813)には,中国文人の生活理念の十分な理解の上に立った,的確な批評と,すぐれた絵画論がみられる。渡辺崋山の椿椿山宛書簡(1839-40)や椿山の門人吉田柳蹊宛書簡(1845-46)の内容も当時の南画家の真摯(しんし)な文人画・南宗画論学習の態度をうかがわせる。ほかに浮世絵師によるものとして,渓斎英泉の《無名翁随筆(増補浮世絵類考)》(1833)中にある〈大和絵師浮世絵之考〉は,さきの祐信の論旨を継いで,浮世絵師の立場を強く擁護し,粉本主義を批判している。大田南畝の《浮世絵類考》(1789ころ),朝岡興禎(おきさだ)の《古画備考》(1845-50ころ),堀直格の《扶桑名画伝》(1854ころ)のような網羅的な画家伝も編集された。
執筆者:辻 惟雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国または日本の絵画論。中国の画論のおこりは古く、断片的なものは漢代までにもみられたが、まとまったものとしては、東晋(とうしん)の顧愷之(こがいし)の『画論』『画雲台山記』『魏晋(ぎしん)勝流画賛(がさん)』がもっとも古い。南北朝になると絵画自体を論ずるよりも、品評と称して具体的に作品を批評することが行われた。南斉(なんせい)の謝赫(しゃかく)の『古画品録』はその代表的なものであり、とくにいわゆる六法(気韻生動、骨法用筆、応物象形、随類賦彩、経営位置、伝移模写)を絵画の法則として提唱、後世に至るまで東洋画に大きな影響を与えた。唐代になると画評に加え画史・画伝が史書の形式をもって書かれるようになった。張彦遠(ちょうげんえん)の『歴代名画記』は、すでに失われた唐代画家たちの活躍や作品、作風を知るうえでも貴重な史料的価値を有している。唐末五代の荊浩(けいこう)は、唐代絵画に批判の筆をとり、自らも画筆を振るい、とくに山水画の墨法を論じ、『筆法記』を著したが、これが発端となり、宋元(そうげん)代には山水画論が盛んになった。宋代の注目すべきものに黄休復の『益州名画録』、郭若虚(かくじゃくきょ)の『図画(とが)見聞誌』、鄧椿(とうちん)の『画継』、郭煕(かくき)の『林泉高致(りんせんこうち)』、韓拙(かんせつ)の『山水純全集』などがあり、このほかにも数多くの文人画家たちの手により、作品鑑賞のための手引書のたぐい、画譜などが編纂(へんさん)された。
元代では夏文彦(かぶんげん)の『図絵宝鑑』が画史として優れ、画評としては湯(とうこう)の『画鑑』が知られている。また画家として元代四大家の一人、黄公望はその著『写山水訣』に自己の画法と自ら体得した経験を略説し、明清(みんしん)の画家に大きな影響を与えた。清初における王概(おうがい)らの『芥子園(かいしえん)画伝』は中国画譜を集成した入門書的な性格をもち、康煕(こうき)勅選の『佩文斎(はいぶんさい)書画譜』はそれまでの画論・画史を集大成したもの。清代以後も諸家による画論の選述刊行は盛んになる一方であったが、伝統的な画論の踏襲に終わり、宋元以前のそれを抜くものはみられなかったといってよい。
日本では画論としてまとまったものは少なく、日本画に関するものでは、断片的な談話筆記であるが、桃山時代の長谷川等伯(はせがわとうはく)の『画之説』(通称『等伯画説』)が画談としてもっとも古い。江戸時代になってからは、桑山玉洲(ぎょくしゅう)の『絵事鄙言(ひげん)』『玉洲画趣』、田能村竹田(たのむらちくでん)の『竹田荘画友録』『山中人饒舌(じょうぜつ)』などが広く読まれた。
[永井信一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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