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俗ラテン語 ぞくラテンごVulgar Latin

翻訳|Vulgar Latin

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

俗ラテン語
ぞくラテンご
Vulgar Latin

学校教育や文学上の手本の影響を受けていない話し言葉としてのラテン語。1~8世紀頃の碑文,グラフィト,技術書,キリスト教関係文書などのラテン語文献,ならびに同時代の文法家たちの証言から推定することができ,古典期に完成した書き言葉からの遊離を示している。

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百科事典マイペディアの解説

俗ラテン語【ぞくラテンご】

インド・ヨーロッパ語族のイタリック語派に属し,文語である古典ラテン語に対して日常口語として用いられたラテン語をさす。母音の長短が失われ,名詞の格語尾,動詞の人称語尾などが消失するなどの傾向がみられる。
→関連項目ロマンス語

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世界大百科事典内の俗ラテン語の言及

【イタリア語】より

…まず,いつイタリア語が誕生したのか,という問いには正確に答えることができない。ラテン語,より詳しく言うなら民衆の話し言葉であった俗ラテン語は,何世紀にも及ぶ漸進的な変化を経てイタリア語諸方言を含むロマンス諸語に移行したのであり,ラテン語とイタリア語の間に明瞭な年代上の境界線を引くことは不可能だからである。文法の面でイタリア語をラテン語から区別することになる変化は,多かれ少なかれ他のロマンス諸語にも共通して見られる。…

【スペイン語】より

…このような原初イベリア語という言語的素地の上に,前3世紀末に始まるローマ人の侵入・植民によって口語のラテン語(口語のラテン語はその当時すでに文語のラテン語とは著しくかけはなれていた。ふつう前者を〈俗ラテン語〉,後者を〈古典ラテン語〉と呼んでいる)がかぶさることになる。この俗ラテン語はバスク語を除くすべての原住民の言語を圧倒して,のちのスペイン語の母体を形成する。…

【ラテン語】より

…この伝統はヨーロッパの教養として今日にも生きているといえよう。
【俗ラテン語からロマンス語へ】
 こうした文語のラテン語の下には,文字を知らない民衆の話す口語のラテン語(〈俗ラテン語Vulgar Latin〉とも呼ばれる)があって,早くから変化をおこしていた。その事実は多くの碑文からうかがうことができる。…

【ラテン文学】より

キリスト教文学
[中世から近世・近代へ]
 6世紀の残照が消えたあとは,メロビング朝の文化的低迷時代である。この間に日常の俗ラテン語からロマンス諸語が発生し,文章語としてのラテン語もまったく乱れてしまった。しかし大陸の混乱の影響を受けなかったアイルランドの修道士たちの間で古典の研究と保存の伝統が持続され,7世紀初頭,彼らは大陸に進出して,スイスのザンクト・ガレンと北イタリアのボッビオに修道院を設立,ここが時代を通じて写本作りと研究の中心地になった。…

【ロマンス語】より

…さらに,ポルトガル語やフランス語を基盤にして形成されたいくつものクレオール語が世界中に広く分布していることも注目される。
[歴史]
 さて,ロマンス語の源がラテン語にあることはすでに記したが,そのロマンス語の出発点にあたるラテン語は,古典ラテン語に代表される高度に洗練された書き言葉ではなく,ローマ人またローマ化された人々が日常の話し言葉として用いる,いわゆる〈俗ラテン語Vulgar Latin〉であった。古典期(前1世紀~後2世紀)以前にはさほど著しくなかった文語ラテン語と俗ラテン語との隔りは,時代が下るにつれてしだいに大きなものになっていくが,俗ラテン語は西ローマ帝国の滅亡(476)に至るまでの間は,ロマニア各地でほぼ同様の変化を遂げていったと思われる。…

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