俣野 真竜(2代目)
マタノ シンリュウ
- 職業
- 尺八奏者
- 本名
- 俣野 恭当
- 別名
- 通称=喜太郎
- 生年月日
- 天保13年 1月19日
- 出生地
- 京都府
- 経歴
- 虚無僧で尺八奏者の初代俣野真竜の長男。京都で生まれ育ち、長じて父の業を受け継ぐ。父と同様、禁裏の衛士や泉涌寺の寺侍を務め、幕末期には新撰組隊士の芹沢鴨らとも交流があった。尺八では地歌の含奏をよくし、三味線や篠笛にも秀でた。また、余技で尺八の製作も行い、林虎月や伊藤虎眼といった明治の名匠に製管の技を伝えた。
- 没年月日
- 明治35年 10月8日 (1902年)
- 家族
- 父=俣野 真竜(初代),二男=俣野 真竜(3代目)
俣野 真竜(3代目)
マタノ シンリュウ
- 職業
- 尺八奏者 製管師
- 本名
- 俣野 頼容
- 別名
- 通称=真二郎
- 生年月日
- 明治19年 3月10日
- 出生地
- 京都府
- 経歴
- 2代目俣野真竜の二男。9歳の時から病床の父に学び、尺八や製管の技を仕込まれる。尺八の製作を最も得意とし、初代・2代目の作に劣らぬ名品を数多く手がけた。また、横笛や篠笛、中国の木管楽器である洞簫や明笛も製作した。
- 没年月日
- 昭和11年 12月27日 (1936年)
- 家族
- 父=俣野 真竜(2代目),長男=俣野 真竜(4代目)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
Sponserd by 
俣野 真竜(3代目)
マタノ シンリュウ
明治〜昭和期の尺八奏者,製管師
- 生年
- 明治19(1886)年3月10日
- 没年
- 昭和11(1936)年12月27日
- 出生地
- 京都府
- 本名
- 俣野 頼容
- 別名
- 通称=真二郎
- 経歴
- 2代目俣野真竜の次男。9歳の時から病床の父に学び、尺八や製管の技を仕込まれる。尺八の製作を最も得意とし、初代・2代目の作に劣らぬ名品を数多く手がけた。また、横笛や篠笛、中国の木管楽器である洞簫や明笛も製作した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
Sponserd by 
俣野真竜(2代) またの-しんりゅう
1842-1902 幕末-明治時代の尺八奏者,製管師。
天保(てんぽう)13年1月19日生まれ。初代俣野真竜の長男。禁裏の衛士や泉涌(せんにゅう)寺の寺侍をつとめた。地歌との合奏もおこない,三味線,篠笛もよくした。また林虎月ら製管師を養成した。3代目は2代の次男がつぐ。明治35年10月8日死去。61歳。京都出身。名は恭当(ゆきまさ)。通称は喜太郎。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
Sponserd by 