健康心理学(読み)けんこうしんりがく(英語表記)health psychology

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

心の健康を維持・増進させることを研究対象とした心理学経済発展,医療技術をはじめとする科学進歩により,ライフスタイルも大きく変化していった。さらに国民関心の多くが健康問題に向けられるようになってきたこともあり,従来の健康心理学とは違う新たな展開が待たれるようになった。日常生活での食生活,ストレス,人間関係などは健康上の重要なを握っているほか癌告知や脳死問題などの生命倫理臓器移植尊厳死の問題なども,健康心理学にとって大きな課題となっている。

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大辞林 第三版の解説

心身の健康の維持増進を目指して研究や相談活動を行う心理学の応用分野。

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最新 心理学事典の解説

健康心理学とは,健康の増進と維持,疾病の予防と治療,健康・疾病・機能障害に関する原因・診断の究明およびヘルスケアシステム(健康管理組織)・健康政策策定の分析と改善などに対する心理学領域における特定の教育的・科学的・専門的貢献を指す。

 アメリカ心理学会(APA)は,1976年に学会に設置された健康研究に関する特別委員会が,それまでの健康と疾病に関する心理学的研究が不十分であることを勧告したことを踏まえ,1978年に第38部会として健康心理学部会を成立させた。この健康心理学の領域には,健康に関する心理学的基礎研究,およびその応用研究に加えて,ヘルスケアシステムや健康政策,産業組織の健康管理の研究など,健康心理学独自の研究領域も含まれている。その関心は,おおむね心理学の諸原理と方法を健康行動の理解と改善に応用していくことにある。そして,1979年にストーンStone,G.C.らが最初に健康心理学を冠した大著を公刊して以来,着実に発展を遂げている。健康心理学が発展した背景には,急速に変化する社会からもたらされるストレスによるネガティブな影響,ライフスタイルの変化に起因する疾患の増加,ヘルスケアシステムの構築に費やされるコストの増大に伴う低コストの疾病予防対策のニーズの高まりなどがあると考えられている。

【健康心理学の考え方】 臨床心理学は,精神的健康(メンタルヘルス)に関しては伝統的にその中核を担ってきたが,身体的健康については,比較的その対象とせず,また,疾病の予防や積極的な健康づくりという観点についても,相対的に重視しない傾向にあった。

 それに対して健康心理学は,身体的健康や疾病の予防,積極的な健康づくりを,個人のみならず組織集団やコミュニティを対象として,研究や実践を行なうことを強調しているところに特徴がある。伝統的に用いられてきた生物医学モデル(疾病やさまざまな障害は,損傷や生化学的な不均衡,細菌やウイルスの感染などによって引き起こされた身体的な現象としてとらえる考え方)と比べて,健康心理学の考え方は生物-心理-社会モデルとよばれ,疾病と健康を個人の遺伝的要因に規定された生物的あるいは身体的状態としてのみとらえるのではなく,日常の生活スタイルやストレスに対するコーピング(対処)のあり方,健康に関する信念などの心理的要因,そして,家族関係やソーシャルサポート,さまざまな社会文化的影響などの社会的要因との相互作用の結果としてとらえるものである。

 健康心理学は,特定のパーソナリティとさまざまな疾患の罹患との関係性に着目し,パーソナリティが疾患罹患の予防に重要な役割を果たす健康行動(運動,禁煙,適正飲酒,薬物非摂取など)を仲介して,心臓血管系や免疫系などの身体的健康に影響を及ぼすことを仮定してきた。実際に健康行動モデルなど多くの理論モデルが提唱されているが,必ずしもすべてが実証されるに至っていない。しかし,パーソナリティをある環境条件下における認知の仕方や行動傾向としてとらえ,それらが変容可能であることを前提として,心理教育を行ないながら,疾病や健康阻害に関する適切なリスク認知を促したり,行動レパートリーを拡充させたりする支援の実践も多く行なわれるようになっている。

 また,取り扱う領域の差異によって健康心理学はさらに四つの下位領域に分類されることもある。すなわち,①糖尿病や高血圧などの慢性身体疾患を念頭においた個人の生活習慣の改善や治療,2次予防や3次予防を中心とした臨床健康心理学,②学校や職場などの集団に対する健康教育や健康増進のための生活環境,労働条件の改善,1次予防を中心とした公衆健康心理学,③健康な集団づくり,コミュニティづくり,アクションリサーチによる実践を中心としたコミュニティ健康心理学,④医療保険制度やその基盤となる社会,経済,文化,環境条件の向上,政策や社会構造の批判や計画を中心とするクリティカル健康心理学の四つである。

【ストレスコーピングstress coping】 ストレスとストレスコーピングに関する研究は,健康心理学の主要なテーマである。主に心理的(精神的)ストレス反応の慢性化が,さまざまな身体疾患(ストレス関連疾患)発症のリスクを高めることが示されて以降,取り除くことがしばしば困難なストレッサー(刺激や状況)に対して,いかに個人が効果的なコーピング(対処)を行なうかに研究の精力が注がれてきた。その代表的なモデルが,ラザルスLazarus,R.S.ら(1984)によって,心理学的な観点から提唱されたストレス評価コーピングモデルである。このモデルにおいては,同一のストレッサーであっても人によって認知的評価(受け取り方)がさまざまであることに着目し,自分にとってストレスになるかどうかの判断,そのストレッサーにコーピングできるか,どのようにコーピングするかの判断などの認知的評価の過程を重視した。そして,認知的評価,それに引き続くコーピングの過程のあり方によって,短期的なストレス反応の表出の程度,長期的な身体疾患への発症のリスクが異なると考えられている。このモデルにおいては,個人を取り巻く環境の側の変数と,個人の側の変数とが互いに影響を与え合い,能動的にかかわり合う関係性の中でストレスをとらえる(トランスアクショナルモデル)ところに大きな特徴があり,後発の多数の研究に非常に大きな影響を与えた。

 これらのことを踏まえ,ストレスのネガティブな影響性を減じることをめざすストレスマネジメントがしだいに体系化されてきた。短期的なストレス反応に直接的に働きかけるリラクセーション技法は伝統的に用いられてきたが,現在は,ストレスが生起する過程そのものに関する心理教育,多様なコーピングレパートリー(スキル)の拡充,ストレッサーなどに対する認知的再体制化(再構成)などの技法を加え,ストレス免疫訓練法や問題解決訓練法などに代表される認知行動療法に基づいて,ストレスが生起する心理的な過程全体に働きかける包括的なストレスマネジメントプログラムが主流になりつつある。学校や職場,コミュニティなどのプログラム実践の場においては,治療援助的意味合いが強いものから,予防的意味合いが強いものまで,多様な展開を見せている。

 わが国においては,1988年に日本健康心理学会が設立され,健康概念やさまざまな健康指標の再整理,ストレスとそのコントロール,個人の心理的諸変数やリソースとさまざまな身体疾患との関連性,ライフスタイルの改善と健康行動の育成,健康に関する心理教育の実践,健康な組織づくり,ポジティブ心理学などを大きなテーマとして,欧米の研究動向と同様な発展を見せている。健康心理学の今後の発展を念頭におけば,生物学,疫学,公衆衛生学,行動医学などの医学的アプローチを基盤とする研究領域はもちろんのこと,行動科学,政策科学,経営学,教育学などを含むさまざまな研究領域との学際的アプローチのニーズがこれまで以上に高まってくると考えられる。 →認知行動療法
〔嶋田 洋徳〕

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